197 至宝を司法取引に使いたい
「兄貴、リコっちが目を覚ましたっす!」
カッチェが僕に向かって叫んだ。僕はリコッテに駆け寄る。途中、観客席側へとアタフタしながらよじ登る光景は、まじめに直視してはいけないところだ。アフタだからアタフタしているわけでは無い。
「う・・・アフタ。それはソルトシールの至宝ね。そう・・・勝負は付いたのね。」
目が覚めたばかりなのに、リコッテの意識はハッキリしていた。そして状況を正確に把握している。
「良かった、リコッテが生きていて。」
「私のことを心配してくれたの?」
「当たり前だよ。それと・・・今まで本当にゴメン。」
「そういう状況だったんだから、仕方が無いわよ。」
僕の目の前にいる少女は、もはや守護者では無い。ソルトシールで再会してから感じていた威圧感は無くなり、すっかり村にいた頃に戻っていた。
「それと、カンゾウの事なんだけど。」
「大丈夫、分かってるわ。彼にはずっとお世話になりっぱなしで、何にも報いてあげられなかった。ダンジョンに散らばっていた石碑で、守護者のことをずっと調べているようだった。あれが私を救う方法だったのね。」
「リコッテ、カンゾウは最後、穏やかで満足そうな顔をしていた。」
「うん・・・くよくよするつもりは無いわ。カンゾウが与えてくれた命だもの、大切にするわよ。」
リコッテは僕に向けて微笑んだ。競技場で最初に見た時とは違う、本当に優しい微笑みだった。
「そろそろ私の方の用件をお願いしていいかな?」
剣士風の冒険者ボロディアだ。おそらくギルダインやマリエルと一緒に第十層まで降りてきたのだろう。他のダンジョンをスピード攻略しているだけあって、ここに来るのも余裕だったに違いない。
「初めまして。アフタです。」
「どうもボロディアだ。早速だけど、それを渡して欲しい。」
ボロディアは僕の持つトライアングルの形をした至宝を指さした。僕は手に持った至宝を見つめる。
リコッテを救うことが出来た。この世界も異世界からの魔力で救うことが出来る。当初予定していた想定よりも、状況が大幅に良くなっている。後は最後の詰めを残すのみだ。僕はもう一つだけ、大きな賭に勝たなければならない。
「警戒しているのかな? 私はそれを悪用するつもりは無い。システムを正常な状態に戻すだけだ。」
「別に警戒はしていません。どうぞ。」
僕は至宝をボロディアに渡した。
「そうかい? なら、何故そんなに険しい顔をしているんだ?」
「まだ全てが終わったわけでは無いからです。」
「そうだね、確かにそうだ。全ての至宝が揃ったとはいえ、気を抜いて良い状況では無い。よし、システムを取り戻すぞ。」
ボロディアは競技場の中心へ移動した。そこで残り六つの至宝を取り出す。ついに七つ揃う至宝、それぞれが輝き始める。
「あれが全ての至宝が揃った状態か。その光景が見られるとは、ここまで来た甲斐があるというものだ。」
ギルダインが感慨深げに言う。
「ようやく元の世界に帰れるようだね。戻ったらみんなで打ち上げでもしようじゃないか。」
そう言ったサドンはマリエルの治療を受けている。彼はカンゾウからのダメージが、それなりに蓄積している状態だ。
「ようやくお母さんとお父さんに・・・ヒック。」
スコヴィルは泣き出している。
「アフタ、約束は忘れないで」
ブレアが凄い迫力で迫ってきている。
「兄貴、帰っちゃうんっすか? 寂しいっす。」
カッチェが抱きついてきた。いや、勘弁。
「これで終わりじゃ無いんでしょ? 顔を見れば分かるわよ。」
そう言ったのはリコッテだった。さすが幼なじみ、よく分かっていらっしゃる。
ボロディアはシステムを取り返すため、至宝を経由してシステムパラメータに介入を行っている。けれど僕は気づいていた。ソルトシールの至宝から黒いモヤのようなものが出ているのに。




