196 内臓に損傷は無いぞう
手応えはあった。あまりにあっさりとした軽い手応え。僕の手にした伸びる剣は、カンゾウの腹部をえぐるように貫いていた。その結果、ゲキカランの魔力は空となった。情報系システムとフロントハッチ以外は稼働が不可能となる。
カラン、カラカラカラ
カンゾウは手にしていた刀を落とす。彼が纏っていた黒いオーラは、刀に吸い込まれるかのように消えていった。ゲキカランから送られてくるデータは、カンゾウの生命力の急激な低下を示している。
「さすがアフタ。あんな奥の手まで持っているとは・・・。いつもながら驚かされるよ。」
サドンはそう言いつつまだ警戒を解いていなかった。カンゾウに向けて剣を構えている。
「アフタ、リコッテは問題ない。マリエルが治療を終えたところだ。」
「え?」
僕は周辺の状況を再チェックする。いつの間にか天魔ギルダイン、聖女マリエルがリコッテの治療に協力している。さらに見慣れない剣士が一人。
「傷は派手に見えるが、内臓は傷ついていなかったようだ。命に別状は無い。」
ギルダインがリコッテの状況を伝えてくれた。よかった、リコッテは無事だ。
「グフゥ、さすが・・・アフタ殿。やはり一番警戒すべき・・・人物でしたな。私の・・・負けです。」
カンゾウが血を吐きながら、なんとか言葉を紡ぎ出す。腹部からは大量出血、そんな状態なのに彼の表情は穏やかだった。
「やっぱりこれがあなたの望みだったんですね。」
「さて・・・何のことですかな。ゴフ」
カンゾウは言葉を紡ぐごとに、一緒に血を吐き出す。
「リコッテを守護者の宿命から解放するために、力をあなたが引き継いだんですね。だから内臓を避けてリコッテを刺したんだ。」
「たまたま・・・です。」
「そして僕達に殺されるために悪役を演じたんです。申し訳ありません、本当は薄々は感づいていました。しかしそれに乗る以外方法がありませんでした。」
「それで・・・問題はありますまい。それに私は全力で・・・戦いました。殺されるためにと・・・手加減などしておりません。その結果・・・私が敗れただけのこと。」
僕は最初からなんとなく分かっていたのだ。カンゾウが悪役を演じていることに。それでも守護者の宿命からリコッテを救う方法が他に無い以上、彼の作ったシナリオに従うしか無かった。リコッテのことを本当に思って行動していたのはカンゾウなのだ。
「勝者が・・・そんな顔を・・・するものではありません。ただ・・・敗者に一つ情けをかけていただきたい。」
「何か僕に出来ることが?」
「リコッテ様には・・・裏切り者が・・・死んだと・・・お伝えく・・・」
言い終えることは無く、カンゾウは地面に伏した。ゲキカランから生命反応が途絶えたという通知が入った。そんな嘘を、どんな顔でリコッテに伝えればいいんだ?
カンゾウの伏した近くに、光り輝くトライアングルが出現した。ちょうど妖刀が転がっている場所の真上だ。僕はゲキカランから降り、そしてそれを手に取った。これがソルトシールの至宝なのだろう。この至宝、一つ気になることがあるんだけど、それは後でいいだろう。
僕は再び遺体となったカンゾウのそばに行き、そして小さく呟いた。
「ありがとうカンゾウ。あなたのおかげで、もうすぐ僕の計画も完遂できます。」
僕はカンゾウに黙祷を捧げた。
「カンゾウを連れて帰りたいのだけど?」
ヒーラーの女が近づいてきた。おそらく彼女は全て知ってカンゾウに従っていたのだろう。
「はい。異存はありません。」
僕は道を空けた。
「第十層は外への転移が一切出来ないの。」
そう言うと彼女は軽々とカンゾウを担ぎ上げ、そして競技場を後にする。
「これで至宝は全て揃った。ようやくシステムの制御権を取り戻せるよ。」
そう言って、剣士風の男が近づいてくる。
「彼がボロディアだよ。」
サドンが僕に耳打ちする。
終わりは刻一刻と近づいている。最後の戦いはもうすぐ始まることになるだろう。




