192 今日あるはずの無い競技場
僕達は新宿御苑を迂回するようにぐるっと道を歩いて行く。魔物は出ない。僕達はこのまま東京中を歩くことになるんだろうか? まかり間違うと日本中、もしかして地球全土? いや、さすがにそんなデータ量があるとは思えない。とりあえずはスバードによる索敵を試みるべきか。
「あっちの方から何か聞こえる。」
僕がスバードを召喚しようとした直前、ブレアが集音ピアスの力で何かを察知したようだ。僕達は警戒しつつ、ブレアの指さした方向へ向けて歩き出す。向かった先には明らかにおかしいものがあった。
「あれって何の施設でしたっけ? 宇宙船みたいな形をしてますね。」
僕がその建物を無言で見ていると、スコヴィルが質問してきた。
「新国立競技場だよ。」
「あれがそうなんですか。へえ、見たのは初めてです。」
「そうだね。あれを実物大で見たのはきっと僕らが初めてだよ。しかもあれザハ案だし。」
そう、そこにあったのは存在するはずの無い建物だった。建設費が膨れあがり、一悶着も二悶着もあった最悪の施設だ。しかもそこにあったのは何故か、金がかかりすぎるから取りやめになったはずのザハ案の新国立競技場なのだ。もしかしてAIギスケが第十層を自動生成したタイミングと関係があるのだろうか?
「あそこに人の気配がある。」
どうやらブレアのおかげで地球旅行の必要は無くなりそうだ。
「アフタ、決断は任せる。僕らは君の指示に従おう。」
「サドン・・・ありがとう。それにブレアもスコヴィルも。とにかくまずリコッテと話すよ。」
僕達は正面入り口と思われる場所から中へ入った。誰もいないホールを抜け通路を歩く。現在も、そして未来も存在し得ない競技場。その中を歩いているのは本当に不思議な気分だった。
「どうやらここは観客席の入り口のようだね。僕が先行しよう。」
サドンが観客席に入った。彼は周囲を確認すると、入ってきても大丈夫だと合図した。僕達は後ろから続いた。
ザハ案では天井の開閉が出来ることが売りだった、現在開いている状態だ。そして下に目を向けると競技場の中央に人影が見えた。間違いない、リコッテ達だ。僕は無意識に駆けだしていた。
「リコッテ!」
僕は叫んだ。それに気づいたリコッテはこっちを見て・・・微笑んだ気がする。
「ちょうど良いタイミングね。これが何か分かる?」
リコッテは侍擬きが持っていたランタンを指さした。そして彼女自身は松明を握っている。新国立競技場、ランタン、松明とくれば答えは一つしか無い。
「聖火?」
「これは守護者の力。私が松明を灯せば継承は完了するわ。」
聖火じゃ無かったようだが、たぶんAIギスケは守護者の継承をオリンピックになぞらえたのだ。くそ、洒落が効きすぎてるだろ。
「待ってリコッテ、その前に話がある!」
「世界を救う方法は見つかったのかしら?」
「もちろん! 世界を救うための魔力の確保は出来てるんだ。」
「そう・・・それを制御するためには、至宝が必要になるわよね。」
そう言ってリコッテは松明をランタンに近づけていく。
「まって、やめるんだ!」
僕の叫びもむなしく、リコッテの松明には灯が輝き始めていた。




