173 お先真っ暗、膝枕
「想定内と言えば想定内だが、状況は悪いな。」
俺はエルシアから送られてくる情報を元に、オキスの使った虚数魔法の影響をシミュレーションした。現時点では安定しているが、いつ崩壊が始まってもおかしくはない。そうなったらまず魔領が次元の崩壊に沈む。そして次は帝国だ。
このくそ忙しいときにさらに世界の危機を増やす親子。投げ出したい気分になってくるが、そのどちらにも俺は命を救われている負い目がある。釣り合わない対価のような気はするが、「死ぬまでは生きる」ただそれを実践するまでだ。
まずは虚数魔法の影響で生じるエネルギーの逃げ先を確保する必要がある。俺はそれに必要な魔力を計算し、そしてプールする場所の大きさを算出した。
「さすがに無理だ。そもそもプールする場所が無い。こんなことが出来るのはいずれ戦うことになるらしい神の一族ぐらいだ。」
「あきらめが悪いのだけがギスケの取り柄なのですから、しっかり働いてください。」
「既に過労死ギリギリのところまで働いてるぜ。労働組合があったら無期限でストしてもいいレベルだ。」
「ご褒美に膝枕ぐらいしてあげます。」
「エスフェリア、俺は忙しい。そんなところに頭をのせている暇は・・・って、あった。」
エスフェリアは俺が膝枕をすると思ったのか、いそいそと準備を始める。
「違う、あったのはエネルギーをプールする場所だ。あの仮想世界ならなんとかなる!」
俺は仮想世界に虚数魔法を送り込むのに必要な力を計算する。ギリギリだが不可能では無い。だが、それをやるにはこっちと向こうで大規模な仕掛けを作る必要がある。こっちにはある程度の機材がある。しかし仮想世界の方の準備が間に合うかどうか。
「ちょっと仮想世界に出かけてくる。」
「ぷー。」
何故かエスフェリアの頬がフグのように膨れていたが、釣り上げている暇は無い。間違って釣ったとしてもリリース確定だけどな。そして俺は再び仮想世界に精神を転移させた。
「何か見つけてきたようね。」
俺が仮想世界に降り立つと、魔王アストレイアが待ち構えるかのように立っていた。
「お見通しのようだな。虚数魔法と言ったら分かるか?」
「ええ。歴代の魔王種でも、アレを使えるのは私ぐらい。でも、どうやっても制御不能だから、私なら絶対使わない魔法よ。どこでその魔法の話を知ったの?」
「お前の息子が向こうでぶっ放した。」
「もしかして・・・向こうは滅んだ?」
「いや、微妙なところで安定して踏みとどまってる。」
俺の話を聞いて全てを理解したかのようにニコリと笑うアストレイア。
「つまり虚数魔法の力をこっちに持ってくるわけね。」
「ああ、そのための準備を大急ぎでやる必要がある。」
「そのことなんだけど、それってこれから準備しても無意味よ。」
「どういうことだ? 俺の計算ならギリギリ・・・。」
アストレイアはため息を一つ吐き出す。
「はぁ、残念だったわね。準備ならとっくに終わってるわよ。」
「はぁぁぁぁ?」
「ソルトシールの第三層に設置済みよ。前々から時間をかけてあそこを作り替えていたのよ。」
「想定内だったって事か?」
「想定の一つではあったわね。」
このクソババア、一枚や二枚上手ってレベルじゃ無い。サシの戦闘能力ガチンコ勝負なら負ける気はしないが、謀略や策略のたぐいで戦ったら勝てる気がしない。
「ギスケは向こうの準備を。それとこっちにエネルギーを転送するときの制御式を教えておくわね。きちんと同期するように作らないと暴走するわよ。」
こうして俺は三つ目の世界を救う一石三鳥な企画を実施することになった。
だが俺はこの時、これすらも利用して己の野望を実現しようとしている存在に全く気がついてはいなかった。




