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144 狼に追っかけられて、おお神よ

 寒い・・・じゃない。これは痛いだ。第五層、そこは私の想像を遙かに超えていた。目の前は真っ白、どこに何があるか全く分からない。これを越えていくなんて冗談としか思えない。


「これ、進めるの?」

「わたくしが寒さを緩和する魔法を展開します。効果はわたくしを中心に周囲1メートルです。」


 サルミアキがオレンジ色の光を放つ結界のような物を作り出した。その中に移動すると寒さは確かにマシになる。これは何系統の魔法なんだろう?


「カッチェ、周囲の様子は探れるか?」

「いけるっす。グズゥゥゥズル。」


 カンゾウの問いに答えるカッチェ。鼻が垂れているのは致し方ないだろう。ボス部屋の場所は事前の情報収集でおおよその見当は付いている。


 そしてカンゾウが魔法のステッキを振るった。そこへ氷のソリが現れる。何だろう、カンゾウとステッキという組み合わせの違和感は?


 とにかく先に進まなければ。私達はソリに乗り込んだ。サルミアキは防寒魔法を使っているので、ソリに魔力を供給するのは私の仕事だ。


 私が魔力を込めると、滑るように進み出す。いや、実際に滑っているのか。ソリに舵は無い。方向のコントロールは体重移動が必要だ。それはカンゾウが受け持つ事になった。


 進む方向の指示をカッチェが出して、カンゾウがソリの向きを調整する。そして私の仕事は速度調整だ。最初は慎重に少しずつ進んでいたけれど、だんだん要領が掴めてくる。ある程度の速度を出しても大丈夫そうだ。


 一時はどうなるかとも思ったけれど、どうやら何とかなりそうだ。ほとんどの冒険者はここで詰むことになるらしい。自然の猛威は魔物以上に恐ろしいということだろう。


「魔物に追跡されてるっす。」

「種類と数は?」

「大型犬・・・いや、たぶん狼っす。数は10。」


 第五層の魔物。戦力的には戦っても問題は無いと思うけど、この寒さで身体が動くかどうか。戦闘を避けるためには速度を上げなければならないが、目視がほとんど出来ない今の状態では、これ以上速度を上げるのは危険過ぎる。


「リコッテ様、私がツユ払いを。」


 カンゾウの指示で私はゆっくりとソリの速度を落としていく。狼の魔物はかなり近くまで接近しているようだ。完全にソリが停止する前にカンゾウは飛び降りる。そして吹雪の中に消えていった。

 

「大丈夫かしら?」

「カンチャンは強いから大丈夫っす。魔物の近くによれば、カンチャンも気配が読めるっす。」


 目の前は相変わらず真っ白、そして聞こえるのはコォォォォっという雪と風の音。戦いの音は聞こえてこない。


「カンチャン、二匹仕留めたっす。」

「この状況でよく分かるわね。」


 私には全く分からない。この吹雪の中では視覚も聴覚も役に立たない。いったいどうやって気配を探っているのだろうか? 魔法の中には周囲の気配を探る術があるらしいのだけれど、残念ながら私の使える魔法には含まれていない。


「勝負がついったっす。十匹全部倒したっす。あ、マズイっす。」

「何がマズイの?」

「この場所を見失ったみたいっす。迎えに行ってくるっす。」


 確かにこの吹雪では方向も距離も分からなくなってしまうだろう。カッチェがいなければこの階層で詰んでいたかも知れない。カッチェがソリから降りてカンゾウの元へ行こうと一歩踏み出す。そして動きを止めた。


「どうしたの?」

「寒いっす。これ以上、身体が動かないっす。グズゥゥゥ。」


 どうやらサルミアキの防寒魔法の外へ出たせいらしい。盛大に鼻水を吹き出している。


「私が何とかするから戻ってきて。」


 私は光魔法を発動させた。攻撃力皆無、ただ強く光るだけの魔法だ。それを上空に向けて放出した。しばらくするとそれを目印に、カンゾウが戻ってきた。どうやら上手くいったらしい。


 戻ってきたカンゾウの顔色は以前よりも一層悪くなっていた。それは第五層の寒さのせい・・・なのだろうか?


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