131 死線をくぐり抜けるかのごとき視線
僕は時計を見る。午前8時だ。ちょっと意識が飛んでいた。少し頭が痛い。ロキソニンが主成分の頭痛薬を飲んだ。
そうだ面会時間を調べていなかった。ええっと午前10時からか。一応、姉が泊まり込みで付き添っている。何か持って行った方がいいのかな?
僕は外出するために着替える。外に出るのは本当に何年ぶりだろう? 僕は何年も履いていないスニーカーの中を確認する。コックローチの墓場と化していたらトラウマものだ。・・・どうやら大丈夫らしい。カビも生えていない。
準備が整い玄関の扉に手をかける。何故か手にはじっとりと汗をかいている。取っ手を掴んだままの姿勢で時間だけが経過する。手に力が入らない。玄関の扉を開けるぐらい、そんなに力はいらないはずだ。通販で買った荷物が届いたときは平気で開けられるんだ。何をやっているんだ僕は。さあ、出かけるぞ。
「クソ!」
僕は部屋に溜まったゴミに目を向ける。外に出られない理由など無い。逆に理由が無いから外出しなかっただけなのだ。姪が入院している。今は理由がある。それなのに何故、今は扉を開けることすら出来ないんだろう?
「うぉぉぉぉ!!!!」
僕は叫びながら玄関の扉を開ける。そのままの勢いで外に出た。ここはアパートの二階。久々に出た外は眩しくて、空気がヒンヤリとしていた。ここから見る景色はこんなに広かっただろうか? そしてたぶん隣の住人であろう人と目が合う。彼も出かけるところだったようだ。
隣の住人はペコリと会釈すると、僕の前を通過していく。その時、再び部屋に舞い戻りたい気持ちでいっぱいだった。駄目だ、今戻ったら本当に二度と出られなくなる。
そして僕は病院を目指した。
「あ、あ、の、面会を。」
病院の受付で僕は不審者となっていた。親類以外の人間と最後に話したのは何年前のことだろう? 僕にその記憶は残っていない。
「こちらに記入をお願いします。」
受付の女性が面会理由を記入する紙を差し出す。何故か握ったボールペンが震える。何とか書き終え、それを提出する。
「あ、辛。こっち。」
突然誰かが僕を呼んだ。この声は姉だ。そして僕は風海の所へ案内された。
姉の顔色は悪い。しばらく顔を見ていなかったけど、けっこう老けた? もともと年が離れた姉だけど、精神的にも肉体的にも疲労しているせいで、ますますそう見えるのかも知れない。
僕は風海の病室に入る。彼女は眠っていた。ここが病院のベッドでなかったら、普通に眠っているようにしか思えない。顔色も悪くない。普通に寝息を立てている。姉の話だと意識が戻らないだけで、身体には何の異常も無い健康状態らしいのだ。
僕は姉にネットの噂のことを話した。もちろん眉唾な話だというのは念を入れて説明した。その上で姉に一つ頼み事をした。風海の部屋を調べさせて欲しいと。特にPCに残っている履歴を確認すれば、何か分かるかも知れないからだ。
姉は僕をIT系の専門家だと思っている。あくまで多少プログラムが組めて素人にしては詳しい程度だ。専門家に敵うものではない。しかし姉は僕に望みを託した。何か分かったら教えて欲しいと。姉はワラにもすがる気持ちなのだろう。
僕は姉から鍵を受け取る。しばらくすれば義兄が帰ってくるから、鍵はその時渡して欲しいと言うことだった。義兄は会社を早退して、一度家に寄ってから着替えをここに持ってくる予定らしい。娘がこんな状況でも会社を休めないとは、サラリーマンとはなんと不自由な生き方だろう。
そして僕は姉の家に向かう。移動中僕はずっと下を向いていた。とにかく人と目を合わせないためだ。時々人とぶつかりそうになる。その度に、ボソッとスイマセンと謝った。そんな自分が情けなかった。
姉の家に到着し、預かった鍵で玄関の扉を開ける。僕が高校生だった頃この家に招待されて、姉と義兄と風海と僕で食事を食べた記憶がある。幼かった風海と、ボードゲームやトランプなどで遊んだ思い出が昨日のことのように蘇ってきた。
僕は風海の部屋に入ってPCを確認する。薄型のノートPCだ。可愛らしいシールが貼られている。PCに装飾するのは熱が籠もるからお勧めできない。
僕はPCを起動する。ログオン画面が出た。当然パスワードが分からないと先に進めない。オートログオン出来ると楽だったんだけど、一応認証が有効になっているようだ。ちなみにWindows系はログオン、Unix系はログインという言い方が標準的に使われている。
僕はノートPCに自分のUSBメモリを挿した。そしてそこから僕が用意したOSを起動する。一般で使われているPCなんてセキュリティーは無いも同然だ。自分が管理者権限を持つOSを別に立ち上げてしまえば、ストレージの中は読み放題だ。
そして僕は風海のユーザプロファイルを確認する。意識不明になるまでの足取りを追うためだ。見られたくない情報もあるだろう。僕は心の中で謝りながら内容を確認していく。やはりあのゲームに関するサイトに対するアクセスが多い。その他ショッピングサイトか。
ん? これはもしや・・・BL系。かなり過激な・・・。どこに突っ込んでるんだ? いやそういうツッコミはやめよう。
見なかった、僕は何も見なかったぞ!
そしてゲーム本体を確認する。IDとPASSはPCに記憶する設定になっている。つまりそのままログイン出来る。僕はゴクリとツバを飲み込みゲームにログインした。




