104 調教している状況だ
僕は元の世界に戻るかどうか、決断を下せなかった。
「やっぱり答えは出せません。しばらく待ってもらえませんか?」
「そうですね。すぐに答えられるようなものではないですよね。すみません。」
スコヴィルは残念そうな顔をしていたけれど、それ以上はこの件に関して何も言わなかった。
「次は第五層のフロアボスに関してです。ブレアさんの話によると、相手は氷の精霊グラキエ。灼熱の氷で攻撃してくるそうです。」
「灼熱の氷?」
「はい。熱い氷だそうです。鉄すら溶かすという話です。」
意味が分からない。ドライアイスのように、冷たくても触れたら熱いと感じるような事なんだろうか? いや、それじゃ鉄は溶けない。何らかの化学物質なのか?
「さらに物理的な実態を持たない精霊のため、有効な手段は魔力を含んだ攻撃のみです。」
ん? 魔力攻撃のみ? ということは・・・僕は完全に役立たずでは・・・。
「えっと、そもそも魔法と物理の違いって何なんでしょう? 突き詰めれば炎の魔法も物理ですよね。」
僕は魔法の専門家のスコヴィルに質問した。
「アストラルに影響を及ぼすかどうかの違いです。魔法の根本は精神層と呼ばれる領域から力を引っ張ってきて、それを物理世界で利用する形です。そのため魔法は精神層と物理層の両方に力を行使することが可能なのです。」
なんだか魔法に関してはイメージしにくい。精神層を水中と考えればいいのだろうか?
「ええっと魔法は置いておくとして、つまり精霊は潜水艦が陸地を攻撃するような感じですか? 陸側にいる人間には潜水艦は攻撃できない。地上で剣をブンブンふってもダメージが入らないと。」
「ちょっと違いますが、イメージとしては近い感じです。」
そして潜水艦を攻撃にす為には魚雷を用意しなければならないわけだ。それが魔法。そして敵は魔法というミサイルを地上にぶっ放してくる感じだ。アイボウやウーナは魔力エンチャントとか使えるのかな? 後で確認する必要のある事項だ。
僕とスコヴィルが第五層攻略について続けて相談していると、近くのテーブルから会話が聞こえてきた。
「あの人、調教のアフタだ。第二層でヤツに助けられたと知り合いが話していた。第五層の魔物を手名付けているらしいぜ。」
「仮面で顔を隠していたんだろ。なんで誰か分かったんだ?」
「疾風水神のスコヴィルと一緒だからな。一発で分かった。」
・・・。
・・・。
調教のアフタ?
えっと、調教師ってこと? なんだか知らないけれど、凄い変態的なイメージが湧き出てくるんだけど? これは調教という単語と、僕の名前という組み合わせの成せる技なんだろうか?
致命的なのは、地上に戻るまで顔を隠していたはずなのに、完全に身バレしているという事実。そう、どうしようもない盲点があった。僕が顔を隠してもスコヴィルが素顔だったら、芋づる的に変態紳士が誰なのかバレてしまう。
なんということだ・・・。そんな単純なことに気がつかなかったとは。今回の通り名は調教のアフタ。変態と呼ばれるよりはマシではある。それを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかは、非常に微妙なところだ。そして疾風水神のスコヴィルとは・・・。僕にも中二病的な格好いい通り名を付けて欲しい。
レストランの客が僕達を見てザワザワし出した。考えてみると第五層に到達している人間はごく少数のハズだ。実はけっこうな有名人になっているのだろうか? 第五層をクリアしたら、僕が冒険開始した時の剣聖に並ぶんだものなあ。
居心地が悪くなってきたので店を出ることにした。僕にとっては店を出るまで視線が痛かった。しかし昔のような馬鹿にしたような目は無かったような気がする。どちらかというと緊張に近いものを感じる。しかし残念ながら僕は駆け出しを一生卒業できない最弱冒険者だ。そういう視線は疾風水神のスコヴィルに向けてもらおう。
レストランを出たところで僕は彼女に言った。
「そうだスコヴィルさん、僕も紹介したい店があります。」
「どこですか?」
「この服を買った店です。見かけは地味なんですが、防寒能力は最強クラスです。ただ、場所は地上では無く始発の町なんですが。」
「そんな店があったんですね。まったく知りませんでした。」
問題はリコッテとエンカウントする確率が非常に高いことだ。場所だけ教えて僕は街の外で隠れていようかな?
さらに僕はスコヴィルに冒険者ギルドの図書館へ行くことを提案した。彼女は即決で了承した。やはり情報収集は大切だ。こうして僕達は図書館へ向かった。




