勇者さま降臨。
「・・・それじゃあ、行ってくる」
フロマージュはそういうと、店のドアを開け、外へと出て行った。
「・・・いってらっしゃい・・」
いくら低級だとは言え、レイはなんの武装もしていない、フロマージュを笑顔で送りだすことはできなかった。
もしかすると、心配そうな声で呟いた、先程の『いってらっしゃい』すら、聞こえてないのかもしれない。
「ま、そう気を落とす必要はないと思うよ」
「・・・ビラール・・」
ちゅるるっと、スパゲッティーを口に入れ、ビラールがそう言った。
「キミも彼と一緒にいたならわかるだろ?」
意味深に曲げられる口角。
その口元には、先程のスパゲッティーのソースがついていたので、なかなかシリアスなムードには感じられないが、
「・・・彼は強い、おそらく、そんじょそこらの奴とは比べモンになんねぇくらい、すげぇよ」
生き倒れているところを、助けてもらい、ご飯をご馳走してもらっただけで、人間の強さというものは、わかるわけがないが、
ビラールには、何か見えているらしい。
「・・・うん、知ってる。フロマージュが強いことぐらい、ずっと昔から知ってる」
レイは、元気なく、食べ物をのせたスプーンを口へ運ぶ。
「・・・でも、知ってるからこそ、不安にもなるんだよ」
レイの目線は完全に下へ下がっている。
落ち込んでいる証拠だ。
「・・・不安、ねぇ」
ビラールはそんなレイを見て、ふーっと息をはくと、
「大丈夫、彼は強い。」
と、レイの頭をテーブル越しに撫でた。
その手は、小柄なレイにしてはすごく大きく、安心できるものだった。
「・・・不安になるのは、まだ彼の強さを信じきれていない証拠。つまり、彼を信用していないってことに繋がっちゃうよ?」
眉を下げ、いかにも、彼とキミの仲はそんなものだったの?と、言われているような気がして、レイはビラールに撫でられている頭から、その手を払いのけ、
「私は誰よりもフロマージュを信用してるもん!!」
と、少し怒った口調で、そう言った。
「だから宣言してあげる。フロマージュは、怪我一つなくここへ帰ってくる。って」
そう言い、ビラールを強い目で見つめる。
それはいくらなんでも無理な気はするが・・・と、思ったビラールだったが、一様、同意を示すかのように、
「そう・・だね、彼は強いからね、」
と、若干濁した。
すると、レイは、
「だ、だから・・・ね?」
と、急に体をくねり、もじもじし始めた。
「?」
いきなり様子が変わったことに対して、ビラールは頭にハテナマークを浮かべる。
そんなビラールを前に、決心したかのように、ゴクリと、息をのみ込む。
「だから私は、フロマージュが帰ってくるまで、食べるだけ食べたいと思います!」
「うわーお、そうきたか」
てっきり、フロマージュの身を案じて、なにか対策を打つのかと思いきや、
食べ物に走るとは予想外だったようだ。
「まぁ、そのほうが彼も気が楽でいいかもしれないね」
頬杖をつきながら、レイを見て微笑ましいと、口元を緩ませる。
「すみませーん!」
レイはそんなビラールに背を向け、店員を呼ぶ。
「これと、これと、これと、これ!あ、後これとこれをデザートにお願いします」
「か、かしこまりした」
注文を聞きにやってきた店員もびっくりするくらい、レイは食べ物を頼んだ。
それはまるで、失恋し、やけ食いをする少女のようだった。
―――――――――
「・・・・見つけた」
レイが店員を驚かせるくらいの注文を頼んでいたその時、
フロマージュは、低級の魔物の魔力をたどり、ようやく見つけたところだった。
―――ザシュッッ!!
「・・・・・・・」
無言で低級の魔物を狩るフロマージュ。
だがしかし、ここは森の中だ。
先程出会った素人は、森の中では狩っちゃいけないと言っていたが、
――――グサッッ!
そんなこと、フロマージュには関係ない。
なぜなら、
「・・・街のほうが騒がしくなってきたな」
これは作戦なのだから。
「・・・」
森で暴れることにより、低級の魔物達が街に降りる。
その情報を知っているフロマージュは、自身が森で暴れ、街に降りた低級の魔物を狩ろうとしているのだ。
「・・・いた」
フロマージュのその狙いは、完璧に成功したと言えるだろう。
街には、まだ数えるくらいしかいないが、魔物が森の出入り口付近でうようよいる。
「・・・・・金・・!!」
フロマージュの頭には、今はそれしかない様子だ。
次々に低級の魔物を刀一本で倒していく。
近くには、街の人々が数人いる。
彼らにうつるフロマージュは、勇者そのものだ。
「・・・ふぅ、」
辺りに魔物が見えなくなるくらい、魔物を倒すと、フロマージュは息を優しく吐き出した。すると、
「おおぉ!!勇者さまーー!!」
「ありがとうございます、勇者さま!!」
「我々を助けていただき、なんとお礼を言っていいやら・・・」
・・・と、その場にいた人間達が口々に騒ぎ出す。
「え、いや・・・あの・・」
それに混乱するフロマージュ。
そしてやがて、フロマージュは、その波にのまれて、どこかへと連れ去られるのであった。