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3.みーとあげいん

 今日は家族で大型ショッピングモールにお出かけ。ぽかぽかと陽気な天気に、あたしは助手席でうつらうつらとしていた。

 後部座席ではチャイルドシートに座った楪が、おもちゃを握りしめたまま黙って車に揺られている。相変わらずおとなしい子だ。

「こら、起きろ。着いたぞ」

 蓮に揺さぶられて目を開けると、休日らしく車でびっしりと埋まった駐車場が目に入る。

「うわー……停めるとこあるの、これ」

「上まで行きゃあるだろ」

 駐車場整備のおじさんに誘導されて立体駐車場に入るが、回れども回れども空きスペースがない。結局屋上まで来てしまった。

 屋上は探せばわりとあちこち空いていたので、入口からは少し遠いが停めることはできた。

「よっこらせっと」

 車から降りたあたしは後部座席のドアを開けて、チャイルドシートに通ったシートベルトを外す。おいで、と楪に手を伸ばすと、短い腕をぴんと伸ばしてくる。……可愛い。

 しかし中腰で抱き上げるのって結構きついんだよね。一瞬でやらないと心が折れる。というよりあたしの筋肉が耐えられない。

 楪に手がかからないおかげで、小さい子供がいるにしてはあたしはまったく筋肉がつかない。泣いたからだっこ、なんてことがあんまり無いもんなぁ。

「代わるか?」

 蓮がそわそわと手を動かしている。代わるかって、代わりたいんだろう。

 でもまあ楽ができる時は少しでもしたいので、あっさり蓮にバトンタッチした。

「カート使うー?」

「いや、大丈夫だろ」

 入口に置いてある子供用のカートを指差すが、どうやら旦那様は愛娘のだっこをご所望らしい。いくらまだ軽いとは言っても、ずっと腕に抱いたままだと結構きついと思うんだけど。まあ自分で言ったからには、次の日腕が筋肉痛になろうが震えが止まらなくなろうが、意地でもそのままでいるだろう。男って大変ね、変なプライドがあって。

 エスカレーターに乗ってモール内に入ると、まあゴミ……じゃなかった、人ごみがすごいのなんの。見ろ、人がゴミのようだ、とか言ってた某天空の城のアニメに出ていたヒール役の彼がそう言いたくなった気持ちも分かる気がする。正直この人ごみの中子供を連れて買い物するのは至難の業だ。旦那様にはしっかりがんばっていただかないと。

 気合いを入れたその時、人ごみの中からこっちを見て驚いたような表情をした男の人が駆け寄ってきた。

「蓮!椿ちゃん!」

 なぜ蓮とあたしの名前を知っているのだろう。

 植物家族と友達から呼ばれるあたし達の名前は、偶然か必然か一文字の植物の名前になってしまった。楪とつけたのも響きが可愛かったからで、意識したわけではない。だけど名前の関連性に気付いた時、また子供が生まれたら植物の名前で揃えようと蓮と話している。

 あたし達の目の前で止まった男の人は、爽やかに笑った。うん、爽やかだよ。雰囲気だけは。

 実際のその人の容貌は、爽やかとは程遠いものだった。やけにでかい身体に、いかにも土方やってますみたいに焼けた肌。ごつい骨格に坊主で細い目は軽く殺傷能力があると思う。そして何より、立派過ぎる顎。しゃくれてるとかそういう問題じゃない。楪が指差した某プロレスラーよりもよっぽど長い顎が、綺麗に割れている。所謂ケツ顎ってやつだ。なぜか見たことがある気がするのはなぜだろう…………あ。

「零くん?」

「おー、久しぶりだな、零」

 この顔に似つかわしくない名前をした彼は確か、蓮が現役だった時の族仲間だ。

 そういえばいたいた、こんな人。あまりに印象的な顔は忘れようがないはずなのに、数年ぶり過ぎて忘却の彼方だった。

「ひっさしぶりだなぁ。何年ぶりだろ。椿ちゃんも大きくなってー」

 セリフが完全に親戚のおっさんだ。

 零くんは確か中卒で上京し、そのまま東京に住所を移したと聞いた。たまに里帰りするらしいが、仕事が忙しいらしくあまり時間が取れないらしい。最後に蓮が会ったと言ってたのは3年前の成人式だったかな。

 当然あたしは零くんが上京してから会ってないので、かれこれ8年ぶりになる。零くんの記憶の中ではあたしはまだ小学生まっただ中、ぴっちぴちの10歳だ。そりゃ大きくもなるわ。

「その子もしかして二人の子?あいつらが言ってた」

 あいつらってのは昔の仲間内のことだろう。

「おう、可愛いだろ?」

 蓮が恥ずかしげもなくそう言うと、零くんは感慨深げにあたしを見た。

「あんなちっちゃかった椿ちゃんがもうお母さんかー……なんかびっくりだな」

 こんなに早く母親になる予定のなかったあたしもびっくりです。

「もう18になったんだよー」

 笑いながら言うと、零くんがしみじみ頷いた。

「うんうん。なんか感動だよ、俺は。どれどれ、楪ちゃん見せて」

 零くんが顔を近付けると、今まで微動だにせず蓮に抱かれていた楪が、突然零くんの顎を両手で鷲掴んだ。しかも割れている部分を片方ずつ掴んでいる。

「ゆゆゆゆゆず、気になるのは分かる。そうしたくなる気持ちも分かるけど離しなさい!失礼でしょ!」

「え、何げにそっちの方がひどいよ椿ちゃん」

「こらゆず!そんなおっさんの顔を掴むな。顔ダニが移動してきたらどうする」

「お前が一番最低だな!」

 なかなか離れない楪を苦労しながらも無理矢理ひっぺがすと、零くんが涙目で叫んだ。

「この似た者家族!馬鹿あぁ〜!!」

 そのまま人ごみの中へ走り去ってしまった。

「……あ〜あ〜。あとでちゃんと謝っておきなよ、蓮」

「いや、お前も結構ひでぇこと言ってたぞ。暴言吐くって分かってる俺から言われるより、お前から言われたことのがショックだったと見た」

 お互いに責任転嫁しつつ、あたし達は何事もなかったかのように買い物をすることにした。

 娘よ、何を思って彼の顎を掴んだ。母にはさっぱり分からないよ。

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