第6話:決意
部屋のドアノッカーを微かに鳴らす。
数秒で、ガチャリとドアが開かれると、メイドのミレニアが中に招き入れてくれた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ミレニアー。ただいま。お母様は?」
「外の音で今はお目覚めになっておいでです」
「あああ、ごめんなさい。起こしちゃったのね」
ミレニアに奥のベッドまで案内される。
お母様は、娘の私から見ても、とても気品があり美しい人だ。一年ほど前に病を患い、ベッドで生活するようになってしまったが、些かも陰りがない。
「お母様、起こしてしまい申し訳ありません」
「お帰り、スフィア。王都で何かあったのね」
私は、お父様に話した顛末をお母様にも伝えた。
婚約破棄された件は、本当に申し訳なく思った。
「そう、そんなことが…」
「貴方には苦労を掛けたみたいね」
「そんな事ありません、私の努力が足りないばかりに、お父様にも、お母様にも、アルマリンの民にも迷惑を掛けてしまいました」
私は、俯くと、手をギューと握りしめた。
「たぶん、あなたの努力でどうこうなる話ではなかったでしょう」
私は、膝を付きお母様の手を取る。申し訳ありませんと何度も繰り返す。
その時、コッコッとドアノッカーの音が響いた、ミレニアがドアを開けると、ビンセントが入ってきた。
「失礼致します。奥様、避難をお願い致します」
私はお母様は目を合わせて、ミレニアとも合わせると立ち上がる。
涙を手で振り払い、車椅子で運ばれる母上と、ビンセント、ミレニアを見送る。
「スフィア。またあとで」
私は、お母様にハイと応えた。
***
城門を出ると、ティテは機首を街に向けられていた。
私は、ティテの翼に登ると、街と城と太陽の昇る方向を順に見回した。
私が育った街と城。小さな頃はお転婆で、城を抜け出して街に行き怒られたことも有る。
街の人は優しく。領主の娘と知っていて色んなものを食べさせてくれたのを覚えている。
現在の城は慌ただしく、銃や弓、大砲を王都方向に向けている。街には避難する人の姿が見えた。こちらへ向かって城に逃げようとする人もいるみたいだ。
最後にお父様の部屋を伺ったが、もう行ってしまったみたいで、会うことはできなかった。
太陽は姿を見せていないが、空は白み始めている。もう余り時間はないだろう。
「ティテお待たせ」
私は翼の上から声をかける。
『もう、良いの』
「うん、悪いけど次に行くところができちゃったの、良かったら送って欲しいの」
『…良いわよ。スフィアとなら何処にでも行くわ』
「帰らなくって良いの?」
『スフィアと一緒がいい』
「ありがとう」
『それ格好良いわね』
私が、身に纏っているのは、侯爵令嬢としての気品と、騎士の家系としての実用性を兼ね備えた特注の乗馬服だ。
上着は深い紺色のメルトン生地で、胸元には王家との縁を示す金糸の刺繍が細密に施されている。
白いブリーチズは脚線を露わにし、黒革のロングブーツは膝上まである。
「ティテ。ありがとう」
私は、胸元の刺繍を毟り取ると、腰から後ろへ長く伸びた燕尾状の裾を翻らせ、コクピットに身を沈ませた。
私の上を、アルマリンの紋章を付けた編隊が通り過ぎていく。
あの中にはお父様もいるのだろうか。
私はティテと心を通わせると、スロットルを開ける。
機体は加速し、海風が向かい風となって、揚力を受け始める。昨夜より早く後輪が持ち上がると、私を空へと誘った。
街の上を低空で通り過ぎ、海上で旋回上昇すると、空では太陽が昇っていた。
前方に小さな小さな点が見え始めると、点の数が増していく。
「来てしまったのね」
アルマリンの妖精戦闘機はまだ低空で高度がとれていない。数も50機程度に見える。
父上は時間を稼ぐと言っていた。
軍事の授業で習った、遅滞戦闘というのだろう。
増援を待つためではでない、市民を護るための決死の戦い…
私は、目を閉じる。
『助けに行かないの?』
「ティテ。でも…」
お父様の手伝いをしたい、だけど。
「あの飛行機も、ティテの仲間なんでしょ」
『そう…私の同じ故郷の家族たち…
でも、あの子たち、もう意識が無いの…
無理やり閉じ込められたとき自我を奪われてしまった子たち…」
ティテの怒りと悲しみが伝わってくる。
最初に有った時の体中を剣で刺し貫かれたような、心が引き裂かれたような痛み…
『あの子たちを解放してあげて欲しい…
また妖精の国で芽吹くことが出来るように…』
私とティテの妖精戦闘機は大きな弧を描きつつ上昇を続けている。
決して軽く考えてはいけない。戦いに身を投じる覚悟は私にあるの?
今まで、王子と国のために尽くすことを小さなころから考えて生きてきた。
ティテの願い、私の願い。
失いたくないもの…
違う。
失ってはいけないもの。
そのために…
「ティテ、私は戦い方を知らないわ…
教えてちょうだい」
『う、うん』
私たちは更に上昇を続けつつ戦場に向かう。
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