『側近集合』
――ギィ……。
鉄の扉が重たく開かれる音が、黒い高塔の奥深くに響いた。漆黒の柱が立ち並び、赤い光がその間を照らす謁見の間。漆黒の絨毯を踏みしめ、影のような気配が進んでいく。
「……報告を」
音もなく現れたのは、黒いマントを纏った長身の影――グレイ。
魔女のような帽子を目深に被り、その姿は闇に溶けるように不気味だ。その内に“禍”を孕むような歩みに、空気はわずかに震える。
すぐ後ろに能面のみかどがついてくる。
「野良猫どもが、こっちの匂いを嗅ぎつけたようで……ククク」
グレイは笑いながら跪き、長い舌で唇を舐めるような仕草をした。
玉座に座る少女――フォルトナは、肘をつき、組んだ足を揺らしながら、じっとグレイを見下ろしている。青緑の瞳が、毒のように光る。
その横には、ふわりとした白髪の少年“きさき”が、絨毯の床に座っていた。飄々としていて、まるで今起きていることには何にも関心がなさそうな表情だ。
「おやおや、お姫様。さっきからずっとこちらを見つめているとは、私に気でもあるのですか?」
にやけながら軽口を言い放つグレイの声に、フォルトナの眉がピクリと動く。
「……冗談を言いに来たの? それとも首を差し出しに来たの?」
その声は冷たい氷のようだ。だが、グレイは一歩も引かず、むしろ笑みを深めた。
「まさか。“忠誠心”ってやつが足りない分、“愛嬌”で補おうと思いましてさ。」
「ふざけてると本当に殺すわよ?」
「おっと、それは困る。でも、お姫様に殺されるなら、まあ本望ってやつでしょうか……クク」
呆れるほど軽いその言いぶりに、フォルトナの表情がはっきりと険しくなった。無言の圧が空気を支配するが、グレイは涼しい顔のままだ。
緊張が張り詰める中、キサキがくすっと笑った。
「まあまあ。グレイさんのそういうとこ、嫌いじゃないよ。嫌われるけど。」
「うるさいわよ犬」
苛立ちを隠さないフォルトナの視線の先、謁見の間の扉がもう一度重く開いた。
軋む音とともに現れたのは、筋骨隆々の虎の怪人――トラ男だ。
鋭い眼光で室内を見回し、ゆっくりと歩みを進める。
「……フォルトナ様」
重々しい声でそう呼ぶと、トラ男は黒い絨毯の上で片膝をつき、頭を垂れた。
その仕草には、粗野ながらも確かな敬意がこもっている。
「指令に従い、ただいま参上しました。」
しかしトラ男はグレイの顔を見るや否や顔を硬くし、これだけ告げた。
「……グレイか」
「なんだいトラ男?何か思うことでもあるのかな?まあいいさ」
グレイは片手をひらひらと振りながらあくび混じりに応じる。明らかに挑発的だ。
「……無駄口はいい。キサキ、みかどの解析結果、報告しなさい。」
フォルトナの声が再び部屋を支配する。
キサキは小さく肩をすくめた。
「はいはい。解析班によれば――こいつ、“モード変化”が可能らしいよ。特に“嫉妬モード”ってのがすごくて、特定条件下では攻撃がほとんど当たらなくなるんだってさ」
「使えるなら、使いなさい......
グレイ。みかどを連れて、“アイス”たちを迎撃して。手下の魔物も使っていいわ」
グレイは立ち上がり、帽子を直す。
「ええ、かしこまりましたとも。……お姫様の命令とあれば……逆らえないですからねぇ」
「……行け」
ピシャリとした声に、グレイは退屈そうに背を向け、部屋から去って行った。
「………」
そしてそれを不愉快そうに眺める者がいたことは、このとき誰も気づいていなかったのだが…それはまた別のお話。
□□□
――静寂が戻った謁見の間。
赤い光が柱の合間を流れ、フォルトナの影を長く伸ばしていく。少女は肘をついたまま、玉座から視線をそらし、遠くを見つめていた。
「……まったく、同僚のガンダーラ幹部のやつらも役に立たないのばっかり」
吐き捨てるように呟いたその声は、冷たくもどこか退屈げで。
隣で胡坐をかいていたキサキは、相変わらず床に指でなにやら意味のない模様を描いている。
「……ツボハットのこと?」
興味があるのかないのか、どこか眠たげな口調で問いかけた。
フォルトナは小さくため息をついた。
「ご自慢のツボの中でふんぞり返ってるだけのやつよ。あれ、もしかして本当に“仲間”なのかしら?あの硬い外殻の中で、兵器のことしか考えてない。最近なんて、“究極の兵器”だって……ねえ、それ、こっちに向ける気なんじゃないの?」
「へぇ……」
キサキは気のない返事を返した。
フォルトナはさらに呆れたように肩をすくめた。
「それに海から変な話も届いてるのよ。なんだか知らないけど、身長何十メートルもある巨人?そんなのが出てきたら、あの殻すぐに割られそうじゃない?」
キサキは少し笑った。
「まあ、割れたら中から何か飛び出してくるかもね。悪臭とか、呪いとか」
「笑えないわよ……ほんと」
フォルトナは再び視線を宙に泳がせる。
そして次の名を呟いた。
「アダンキー。あれは論外ね。」
「大陸の南の森に住む、野生動物くん?」
「うん。毛むくじゃらで、理性ゼロ。最近なんて、何体かいるって話よ。複製? 分裂? どうでもいいけど、ますます気持ち悪い。なんであんなのが幹部なのよ……あいつに忠誠心があるとでも?」
キサキは首をかしげる。
「無いんじゃない?」
「……でしょうね。森の奥で本能のまま吠えてるようなケダモノに、組織を任せられるわけないじゃない。戦力になるかも怪しいのに、クリフサイドに寝返るだの、変な噂ばかり広がって……。もう、ワタシが処分しちゃった方が早いかも。」
「また、自分で解決するつもり?」
「ええ。信用できないもの。……グレイのほうが、まだ百倍マシ。」
「それは……どうかなぁ」
キサキはあくび混じりに呟き、白い髪をかきあげた。
フォルトナは肘をついたまま、青緑の目を細める。
「……結局、使えるのは自分だけってことね。……ま、だからワタシが“女帝”なんだけど?」
誰に言うでもなく、誰に聞かせるでもなく。
その言葉だけが、赤い光に溶けていった。




