『戦場への旅』
クリフサイド本部での日々は、束の間の安らぎだった。
ミーナに導かれた者たちは、それぞれの傷を癒し、身体を休め、次の戦いに備えていた。
陽だまりのような時間――けれど、それが永遠でないことは、誰もが知っていた。
そして、出発の前夜。
月が高く昇るころ、拠点の空気はどこか落ち着かず、誰もが心を波立たせていた。
「……明日、いよいよ出発ね」
アイスが静かに言った。
「私たちはここを守るわ。ガンダーラの手先がこの場所を襲いかかってくる可能性もゼロじゃない……ミーナと君たちだけで奴らの本拠地に向かうことになるわね」
ウズメの言葉には鋭い決意が滲んでいた。
ミーナは火を囲んだ輪の中で、黒猫を膝に乗せながら、にこりと微笑んだ。
「……さあ、明日は早いにゃ。今日はもう、しっかり眠るのにゃ。」
そして夜が明けた。
淡い朝焼けの下、出発の支度を整え、ウズメたちに見送られながら本部を後にした。
バイクのエンジン音が轟く。
グレイシティー中心部まで、全力で駆ければ8時間。道中は荒れ果て、崩れた高架橋や瓦礫の丘が行く手を遮っていたが、それでも彼女たちは止まらなかった。
ミーナの前に座るアイスが、ふと風を切る感触に目を細めた。
「……なんだろう。身体が軽い。すごく……調子がいい」
「にゃふふ、それは私の加護のおかげにゃ♪」
ミーナは自慢げにウィンクしてみせた。
だが、快調な進軍は、唐突な異音によって中断された。
――ギシャァァァッ……ッ!!
大きな倉庫の奥、廃ビルの屋上、あらゆる影の中から魔物たちが現れた。
グレイシティー中心都市に近づいたことで、奴らの警戒網に触れたのだ。
「来たわね……!」
アイスはバイクから飛び降り、赤い髪へと変化しながら、ハンマーを構える。
「爆ぜなさい、“霜焼けの炎”ッ!!」
ヒナも舌なめずりしながら、触手をふわりと広げた。
「ふふっ、雑魚がいっぱい……♥ 潰し甲斐あるじゃん!」
戦いは一瞬だった。
ミーナの支援により、アイスとヒナの動きは研ぎ澄まされ、魔物たちを一蹴するのにさほどの時間はかからなかった。
だが――
「数匹、逃げた……?」
アイスが目を細めて声を漏らす。
「追うのにゃ!」
ミーナの声に応じ、彼女たちはバイクを再び走らせる。しかし、姿をくらました魔物たちを追いきることはできなかった。
そして、ミーナの表情がかすかに強張る。
「どうやら、あれは諜報型の魔物だったにゃ……」
ミーナが真剣な声で言う。
「他のよりずっと素早かったにゃ。攻撃より情報伝達を優先する個体、フォルトナに私たちの接近を知らせるための“目”にゃ」
ヒナの笑みが消えた。
「……フォルトナに報告しに戻った、ってこと? あの悪魔に、私たちが来たって――」
冷たい風が吹き抜ける。
空は晴れているのに、何か不穏な影が、空気の奥に漂い始めていた。
「急がないといけないにゃ。……相手が準備を整える前に、フォルトナの本拠地へ」
そう呟くミーナの赤い瞳が、闇の中の炎のように揺れていた。




