「ガンダーラの幹部』
グレイシティーの中心部、煤けた雲の下にそびえ立つ漆黒の塔――
それが《前哨基地》、通称“黒い高塔”だ。
その内部は、重厚な金属と人工石で組み上げられ、冷たい光が無感情に廊下を照らしている。
塔の一角、無菌処理された医務室には、焼け焦げた布の匂いが重く漂っていた。
「一応、生きてはおりますが……損傷が酷く、緊急手術を行なっているいるところです。」
治療担当の部下が、診断結果を淡々と述べる。
トラ男はベッド脇に立ち、眉をひそめて黙っていた。
あの戦闘で、”みかど”は精神も感覚も破壊されたが、それでも、彼女はテレフォースを撃った。ガンダーラの兵器として。
「兵器なんて言ってくれるじゃねえか」
そう一言だけ呟き、トラ男は踵を返す。
無言で自動扉をくぐり、医務室をあとにする。
向かう先は、この塔の最上階――“主人”が座す「謁見の間」だ。
□□□
赤い光が漆黒の柱の合間を照らす、静寂の大空間。
同じく漆黒の絨毯が延びるその先に、鋭利な玉座が静かに構えている。
「……ッ」
トラ男は、膝をついて頭を垂れていた。
その背に、冷たい空気がすうっと流れ込む。
「帰還、報告します……」
その瞬間、音もなく現れた。
マゼンタ色のツインテールをゆるく揺らす少女――フォルトナ。
エメラルドグリーンの双眸が、冷たく空間を切り裂くように光る。
だが、彼女の視線はトラ男を素通りし、その後ろ――柱の陰に立っていた一人の部下に向けられていた。
「そこの“犬”、あんた……たまたまその場にいて暴走した“みかど”を見てたはずなのに、なぁんにもせずに突っ立ってただけ、だったわよねぇ?」
部下はビクリと肩を揺らす。
「いえ……私は、特に命令を受けておらず──」
ビシッ!
その瞬間、フォルトナの鞭のような尻尾が横一閃。
側近の頬を切り裂く音が、静かな空間に乾いて響いた。
「命令がなかったら、何もしないわけ?バカじゃないのかしら?」
その部下が口元を押さえ、震えながら黙り込む。
フォルトナはその様子に満足げな笑みを浮かべた。
「やっぱり犬は、命令されないと吠えもしないわね。じゃあ──これからは“命令されなくても動ける訓練”でもしてみれば?」
尻尾が振るわれ、部下は吹き飛び、柱に叩きつけられる。
呻き声すら上げず、その場に崩れ落ちた。
「…」
トラ男は傍若無人に振る舞うフォルトナに対して沈黙を貫く。
フォルトナの力は、表面上の“暴力”だけではないことを、彼は知っていた。
“あの”尻尾。
一度喰らったら傷が二度と治らなくなる、終焉の鎌。
それを何本も自在に生やし、魂を砕き、記憶を削る。
今回の戦闘も、洗脳された”みかど”の性能テストを兼ねた実験だったのだ。
その時、フォルトナが彼に向き直った。
「で、アンタの方は?」
「……っ。申し訳ありません、ディクターズの捕獲には失敗しました。ただし、“みかど”は回収しております」
「ふぅん……ま、いっか。どうせ、次からが本番だし?」
フォルトナはくるりと背を向け、玉座へと歩き出す。
「さあ、次の作戦……準備しといてよ。とっとと仕事に戻りなさい。」
マゼンタ色の髪がなびき、冷たく響く笑みが空間に残った。
トラ男は再び頭を垂れる。
□□□
場所は変わって、森の中――
バイクのエンジン音を響かせながら、アイスとヒナが黒猫とともに駆けていた。
「黒い高塔……みかど、そこにいるのね。すぐにでも救いに行かないと」
アイスの声には、強い決意が宿っていた。
だが、黒猫は首を振る。
「そう簡単にはいかないにゃ。塔の場所はグレイシティーの中心部にある。魔物が多すぎて簡単に近づくことができないにゃ」
「なら……どうすればいいのよ」
黒猫は一瞬だけ躊躇ったが、言った。
「クリフサイド本部に仲間たちがいるにゃ。まずは彼らと合流してほしい。――みかどを救うための、最初の一歩にゃ」
アイスとヒナは、無言で頷いた。
バイクは森の奥へと突き進む。木々を裂く風が、再び始まろうとしている戦いの予兆のように感じられた。
木々のざわめきが薄れ、森の密度が緩んでくる頃――
開けた場所にそれは姿を現した。野菜が青々と育った農地に囲まれた、無骨な体育館のような巨大な倉庫と、いくつものテントが点在するキャンプ地だ。
それが、クリフサイド本部――この混乱の世界にあって、かろうじて秩序を保つ者たちの拠点である。
錆びた鉄の扉が開き、中から現れたのはミーナ。白い衣装に身を包んだピンク髪の猫の少女で、穏やかな深紅の瞳をしていた。
「ようこそ♪ここが私たちの砦にゃん♪」
倉庫の中は雑然としていたが、それぞれの場所に寝床や武器、雑多な道具が置かれ、実戦部隊らしい緊張感が漂っていた。
「よく来たわね。」
背後から優雅な声が響いた。振り返れば、狐の耳と尻尾を持つ開放感のある和装をした女性――ウズメが、穏やかに微笑んでいた。
「私はウズメ。……あなたたちが、黒猫に導かれた戦士たちね」
続いて、キャンプ地の一角から自分の身長より大きなハンマーを持つ戦士がふてくされた様子で顔を出す。
「やっと来たか……まあ、手は貸してやるけどな」
シロチョウガイの自称探検家で、キャプテン・シロップというらしい。
アイスはその様子を見て、ふっと笑みを漏らした。
そして黒猫がミーナの肩に飛び乗ると、ミーナはさらりと告げる。
「この子は私の使い魔。君たちをここに導くために向かっていたのにゃ。」
アイスが頷いたそのとき――
ふいにウズメの目が遠くを見つめるように細められ、表情に影が差した。
「……私の娘と、眷属たちが……ガンダーラに囚われているの。」
その言葉には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
語るほどに、穏やかな顔にじわじわと怒気が灯ってゆく。
「家族を……子どもをあんな連中に奪われて、洗脳されて、苦しめられて……黙っていられるわけがない……!!」
言葉とともに空気が微かに揺れた。
彼女の背後の尾が、怒りの炎のようにわずかに震える。
「奴らは……決して許せない。焼き尽くしてでも、取り返す……!!」
ウズメはしばし肩を震わせると、やがてそっと目を伏せた。
全員が怒りと悲しみを静かに受け止め、そしてゆっくりと動き始める。
それを見届けて、アイスは拳を握りしめる。強く、真っ直ぐに前を向いて言い放った。
「……みかども、ウズメの家族も仲間も、そして洗脳されたみんなも――絶対に助ける。そのために、戦う。フォルトナ、そしてガンダーラを止める。」
「ガンダーラ、絶対に許せねぇ!! 全部ぶち壊してやる!!」
シロップがハンマーを振りかぶるように、怒声を上げる。
「ウズメの娘ちゃんとその眷属……あと、みかども。みんなまとめて“返して”もらおうか。腕の一本や二本は、噛みちぎってでもねぇ。」
そう言って、ヒナはふわりと触手を揺らしながら、にやりと笑う。
「……にゃ。一緒に進もうにゃ。みんなで、必ず取り戻すにゃ。」
ミーナの瞳に、燃えるような光が宿っていた。




