『破壊はすぐそこまで迫る』
二日前 ――
黒い高塔・謁見の間
深紅の光が漆黒の柱の間を縫うようにして差し込む。
天井は果てしなく高く、足元には、光をすべて吸い込むような黒の絨毯。
この世に存在してはいけない闇が、堂々と王座を構えているような空間――
「……参りました、フォルトナ様。」
扉から入ってきたトラ男が、重々しく頭を垂れる。
数十名の兵士たちと共に既にその場に控えていたキサキは、背筋を正し、黙して佇んでいた。
その淡々とした表情の奥には、言いようのない緊張が滲んでいる。
そして、それは玉座に座していた。
フォルトナ。
高く組んだ足。頬に浮かべた嘲るような笑み。
その姿はまるで、自らを世界の支配者と信じて疑わぬ者のそれだ。
ふと、天井に浮かぶいくつかの魔晶球が、淡い魔光を放ちつつ回転し、各エリアに赴くクリフサイドのメンバーたちの姿を映し出す。
「……滑稽ねぇ。」
「あの傲慢で身の程知らずなクリフサイドの連中。ふふっ……まるで正義の使者気取り。
……
でもねぇ、私たちの兵士を何人殺したか、覚えてるかしら?」
トラ男は首を垂れたまま黙して動くことはない。
「百人? 二百人? いえ、もう千を超えてるわね。“戦いだから仕方ない”って?
そのくせ、自分たちは“解放軍”だって思ってるの。嗤えるわね。」
その声はゆったりとした調子のまま、じわじわと場を支配していく。
「戦場で食料を運んでただけの後方部隊を奇襲して、“戦果”って笑ってたわ。
無抵抗の兵士を縛って、見せしめにしたりもした。そうでしょう?」
「…」
トラ男は未だ沈黙を守りフォルトナに首を垂れる。そしてフォルトナはゆっくりと立ち上がり、軽やかに踊るように玉座の前の階段を降りてくる。
「滑稽で、偽善でぇ、そして……とても危険。」
「このまま放置すれば、いずれワタシたちも全員、あの兵士たちと同じ目に遭うのかしら?
ふふっ。それはもう、『運命』みたいに、ね。」
マゼンタ色の髪が軽やかに揺れ、青緑色の瞳が輝く。
「だから――私があの、“自称・解放軍”を……全部壊して、目を覚まさせてあげるの。」
ひとつの魔晶球が揺れ、別の映像が映し出された。
それは――クリフサイド本部。森の奥深くに隠された拠点。
「クリフサイドの拠点、ずっと見張ってるの。ずっと前から。
洗脳したトキたちがそこに向かったときから、ね♪」
トラ男が思わず口を開く。
「なるほど、その頃からすでに?」
「当然でしょ? それが“戦争”ってものでしょ?」
フォルトナは目を細める。そこにあるのは、憎しみでも怒りでもない。
ただ、人の感情を嘲笑するものの目だった。
気配をひそめてトキと共に向かった偵察用の魔物が、クリフサイド本部までついていったのだ。場所はずっと監視されている。そして、今、クリフサイドのメンバーは各地にいるガンダーラ幹部の討伐に赴いていて、本部には一部の戦力しか残っていないことが知られていた。
「ウズメ、トキ、アース、ミーナ、アイス、ヒナが残ってるわね。でも、おそらくその中の何人かはこちら、グレイシティーに来るし、残るのは半分かしら?――ま、数で押せば死ぬでしょ♪」
「トラ男、キサキ。グレイドが洗脳したマクナゼルとやらとかー、カラージュとか、ユメクイとかの強力な犬たちを引き連れて、まずそいつらを潰しなさい。幸いグレイドも援軍を寄越してくれるらしいし」
その命令に、空気が張りつめる。
そして彼女は、悠々と宣言した。
「愚かなクリフサイドの奴らの拠点を焼き払う。倉庫も農地もアイテムもぜ〜んぶ無に還すの。あとは残った奴らを、各個撃破。ひとりずつ狩って、潰して、終わり。簡単でしょ?」
重苦しい沈黙が、謁見の間を包み込む。
やがてフォルトナは、玉座の前で軽やかに一回転してみせた。
「でもねぇ……お昼の太陽ってまぶしくて、ワタシはちょっと苦手かなぁ。
というわけでぇ♡ 決行は、犬たちの準備も整う明後日の日没後よ。」
フォルトナは笑顔で片手を大きく掲げる。
その瞬間、謁見の間に響き渡った。
「それじゃあ――
クリフサイド殲滅大戦争、始めまーす☆」
狂気すら感じさせるその宣言に、その場が凍りつく。
トラ男とキサキ、兵士たちは、言葉もなく頭を垂れる。
命令は明白。
あとは、明後日が来るのを、ただ待つだけだった。
だが、脅威はトラ男やキサキ、カラージュ、マクナゼル、ユメクイだけではない。
この戦争に、終焉の悪魔・フォルトナ自身が参戦するつもりだ。
クリフサイド本部に、桁違いの破壊が迫っていたのだ。
「ラーク、どうやらフォルトナはクリフサイド本部に襲撃作戦を企てているみたいだ。時間は明後日の日没後。至急援軍を頼めるか?」




