『想いの交差』
「――クックックックックック!!」
乾いた笑い声が戦場に響く。誰のものかと視線が向いた先で、倒れていたはずの影が身を起こしていた。
フォルトナの側近――グレイ。
胸を貫かれ、大きな穴が開いてなお、その口元は笑みを浮かべ、肩を震わせていた。
「これは……これは、最高でございますねぇ!! ククッ……」
彼は、みかどがアイスたちを容赦なく打ちのめす姿に、ぞくぞくするほどの快感を覚えていた。
その強烈な感情が、グレイを《エラー状態》から回復させたのだ。
(まったくもって、すばらしい……。みかど様。ぜひ今後もその“嫉妬IFモード”で、私のもとで働いていただきたいものです。)
そんな狂った思考を巡らせながら、彼はそっとみかどの背後に移動する。
「おやおや……これは素晴らしい楯でございますね。ええ、ええ。『無敵』状態の貴方を楯にすれば、私の安全は完璧に保たれます。」
――だが。
ズガァンッ!!
その足元に、テレフォースが突如炸裂した。
「……はい?」
唐突な衝撃。身体が浮き、空中に投げ出される。
ズガァン!!
続けざまの一撃が、彼の頭頂部を正確に撃ち抜いた。
グレイの意識が、真っ白に染まる。
「……」
その瞬間、
――ドラミンゴにかけられていた術が解除された。
「……がはっ……やっと動けるわね!」
身体の自由を取り戻したドラミンゴは、ゆっくりと立ち上がる。
この術は、術者が気絶すれば魔力供給が途絶え、解除されてしまう構造なのだ。
「やってくれたわね、グレイ……!」
戦場を見渡すと、アイスとヒナが、みかどに気圧されながらも必死に応戦しているのが見えた。
「ゴーちゃんもすぐに加勢に行くわよ……」
だがその時――
さっき吹き飛ばされたはずのグレイが、瓦礫の中からよろよろと立ち上がってきた。
「貴様ァアアア……!!」
激昂する咆哮が地を這うように響いた。
丁寧な口調はどこかへ消え去り、むき出しの殺意が噴き出す。
「貴様ァア!!しっかり周囲見やがれヤァ!ぶっ殺すぞクソガキ!」
……
「知らないよ…ーー勝手に後ろに立って、勝手に撃たれただけでしょ?」
嫉妬IFの声は、冷たく乾いていた。
もはや味方であろうが何の興味も持たない――その圧倒的な無関心さに、グレイの怒りはさらに燃え上がる。
「ふざけるなッ……このッ……私の命令が聞けんのかァァァアアア!!
教育が足りてねェなァ!!私に忠実に従う、それが貴様のあるべき姿だろうがァァ!!」
激高したグレイがみかどに禍々しい剣を突き刺す。だが、傷一つつけることができない。
「クソ……そういえば、そうでしたかァァ」
それを見たグレイがはっと我に返る。
「……おい、テメェ?」
紫叉ヒナの低い声が、地の底から響いた。
今のグレイの言葉で、彼が普段どんな態度でみかどに接していたのか――容易に察せた。
みかどとの戦いで満身創痍になりながらも、その触手が、ぐにゃりと蠢く。
「『忠実に従え』だぁ?『教育が足りねぇ』だぁ?さっきから黙って聞いてれば…!」
血走った眼でグレイを睨み据え、ヒナの足元の地面がヒビ割れる。
「あなたみたいなやつが一番ムカつくわ、とっととみかどを返してくれる!?」
ヒナの怒声と同時に、大量の触手がグレイへと一斉に襲いかかる。
「……失礼いたしました。」
グレイの態度が一変する。
さっきまでの激高が嘘だったかのように、すっと背筋を正し、あのいつもの敬語口調へと戻っていた。
「みかどさんに向かって言葉が過ぎました。今のは、戦闘による一時的な錯乱とお受け取りください。ですが――」
黒い影が燃え拡がる。
「……私の剣の先が、あなたたちに再び向くというだけです。」
言葉と同時に、グレイの剣が巨大化し、腕がまるで巨人のように膨れ上がる。
ヒナとグレイの殺意が交錯し、剣と触手のぶつかり合いが始まった――
だが。
「ユーだけじゃきついでしょ。ほら、ゴーちゃんが仲良くしてあげる!」
毒霧と共にドラミンゴが戦線に割って入る。
軽口とは裏腹に、その目は鋭く、戦士のそれだった。
「チッ……ずいぶんと力が強いごはんだわねぇ!」
グレイの剣に触手を軽くはじかれ、ヒナが嬉しそうに笑う。
2対1。数の上では優位。だがグレイの力はその程度で揺らぐものではない。
闇がうねり、地が震えた。
――そして、その頃。
戦場の一角。静けさすら漂う、広場の中心の空間で。
アイスが、たった一人で嫉妬IFモードのみかどと向き合っていた。
「はあっ……はあっ……!」
その息は荒く、全身の衣装は血と土で汚れていた。
脚も震えていた。普通なら、立っていることすらできないはずだった。
だが。
(ミーナ……ありがとう)
彼女の中には、確かな“力”があった。
体中を巡る透明な光。ミーナから注がれた“加護”が、彼女の体を支えている。
(今、私が倒れちゃ、ダメなんだ)
みかどがゆっくりと歩み寄る。
その眼には一切の情など宿っていない。
――アイスという存在を「傷つける対象」としか見ていない目だ。
それでも、アイスは顔を上げる。
「……私は……あなたを、止める」
声は震えていた。だが、その目は決して逸らさなかった。
吹き荒れる殺気。迫る、圧倒的な“嫉妬”の力。
だが、アイスは一歩も引かなかった。
彼女の中には、“ミーナの想い”が生きている。
そして、彼女自身の“友情”も、“悲しみ”も、“怒り”も、すべてがこの場にある。
(あなたは……とても苦しんでいる。“みかど”としての自我は、深い闇の底に沈められている。)
――だから。
私の想いを、おもいっきりぶつけて。
闇の奥のあなたまで、必ず届ける。




