取調室
大阪府警の刑事部の取調室は7階の北の端にある。薄暗い日当たりの悪い場所で部屋の広さもさほど広くない。中央に机があり、両側から向かい合って杉下刑事と佐久間美佳が座っている。部屋の隅には記録用の机があり若い横山刑事が記録を取っている。取り調べの可視化のため部屋の隅の天井にはカメラも作動している。
静かな部屋の中で杉下が話し始めた。
「佐久間さん、野坂さんを殺害したことを認めますか。」と聞くと佐久間美佳は
「何のことですか。福井に行って野坂さんに会ったことは認めますが、殺すなんてありえません。」ときっぱりと否定した。
しかし杉下刑事は落ち着いて決定打を放った。
「佐久間さん、嘘は困ります。死んだ野坂さんの死体はまだ福井県警に保存されているんです。彼女の事件が解決してないので、遺体を家族にまだ変換してなかったんです。よく調べてみたら、爪の間に肉片が入ってました。貴方が彼女の首を絞めた時に彼女の手があなたの腕をつかんでませんでしたか。その時、あなたも腕に爪の跡がついて傷ができたんじゃありませんか。」と言って佐久間美佳を追い詰めた。佐久間は顔色を変えて杉下の視線が集まった腕を袖で覆い、机の下にそっと下げた。
杉下は追い打ちをかけるように次の言葉を発した。
「爪の間の肉片からDNAを検出しました。先日、あなたのオフィスであなたのたばこの吸い殻を拾ったんですが、そこからもDNAを検出していたんです。なんと2つのDNAが一致したんです。このことは野坂陽子さんの最後の時にあなたがいたことを物語っているんです。どうですか。殺害を自供しますか。」と追い詰めた。
佐久間美佳はうつむいたまま、じっとこらえていた。そこから何も話さなくなっていく。杉下は続けて
「5年前桜川隼人さんが突然死んでいます。原因は特定されていません。でもこれももう一度詳しく調べてみました。体の一部が検体で保存されていたんです。成分分析を行ったら、薬物反応が出ました。それも一般の薬局で売ってるような薬ではなく、病院で手術するときに利用する「ビリリオン」です。使用料を間違えなければ痛みを押さえ、麻酔効果を上げる事ができます。しかし使用料を誤ると、体内に蓄積し、徐々に体を弱らせる働きがあります。これが桜川さんの体内から検出されたという事は医療関係者が殺害目的で病院から持ち出したと考えるのが道理です。5年前ですから残った薬物を今でも部屋に持っているという事はないでしょうん。」ととぼじぇて見せた。
「ひどい男だったんっです。」佐久間がようやく口を開いた。
佐久間が桜町と出会ってから始めのうちは元気になり、桜町のことを本当に愛していた。桜町も最初の内は優しく接してくれていた。しかし3か月も経つと佐久間が準備できる現金も底をつくと、桜町の態度が一変してくる。
「美佳、家賃を払わないといけないんだけど、金出せよ。」と家賃を請求すると預金通帳が空っぽになってしまった佐久間は
「隼人だった、半分払ったらどうなの。私、もうお金ないよ。」と断った。すると桜町は血相を変えて
「おまえは誰のおかげで生きて行けると思ってるんだ。お前みたいなブスと一緒に住んでやってるんだからお前が金を養子するんだよ。出来ないなら体を売ってでも金持ってこい。」と言い放ち、佐久間の髪を右手で握り、振り回した。佐久間は振り回されて床にたたきつけられた。佐久間は大声をあげると、さらに桜町は佐久間の大腿部を蹴り上げた。肉がたたかれる低い音が響いた。
こんなことが毎日のように起きるようになり、佐久間の心の中に桜町に対する怒りが積み重なっていった。しかし包丁で刺すとか首を絞めるとか、方法を考えても反撃を受けそうでいい方法が見つからなかった。
そんな時、テレビを見ているとドラマの中で医療技術者が不倫相手を殺すために病院から持ち出した薬物「ビリリオン」を不倫相手のコーヒーに混ぜて、徐々に体力を奪って死なせるという内容だった。佐久間はこのテレビドラマに触発されて、薬物殺人を思いついた。休みがちだったが病院を辞める前だったので、薬物倉庫の中からビリリオンを取り出してくることはそう難しい事ではなかった。
手術で使用する1回分が袋に入っていたので、その小さな袋をナース服のスカートの下のストッキングの中に隠して、病院から持ち出した。
桜町の部屋に戻ると、夕飯後にいつものようにコーヒーを入れた。彼のカップにはほんのわずかな薬物を溶かした。これを毎日繰り返すと、彼の体調は見る見るうちに悪化していった。
朝起きると桜町は
「何だか、頭痛がする。熱でもあるのかな。」と言うので佐久間は
「昨日の夜、無理やり私を裸にしてエッチした後、あなたがそのまま朝まで裸で寝たから風邪ひいたのよ。」と自分のせいだとなじった。しかし桜町は
「風邪の症状だけじゃないんだ。なんだか息がしずらいよ。」というので
「医者に行ってみたら。」と言うと
「医者は嫌いだ。寝て直すから今日は仕事行かないよ。」と言って布団をかぶってしまった。実はそれが最後の会話だった。
佐久間が北新地公園から帰ってきた夜中の3時ごろ、冷たくなった桜町を発見したのも佐久間美佳だった。美香は慌てることなく、薬の残りを外に持ち出して、橋の上から淀川に流してしまった。それから救急車を要請し、病院に桜町を運んだが、Byぷ院では突然死として処理され、事件性はないとされた。
佐久間美佳の自供によって事件の全容が明らかになったのは、逮捕の翌日でスピード解決になった。佐久間美佳は杉下に
「コロナ禍で人生が変わってしまったんです。看護師として精神を病んでしまったことが、私の過ちでした。山中美樹ちゃんも心のやさしい子だったけど、コロナで客足が落ちちゃったから、公園に来ることになったし、野坂陽子ちゃんもせっかく店を出したのに、時期悪くコロナで客足がさっぱりだった。時代に翻弄された3人だったんです。」と涙ながらに語った。杉下はコロナのせいで運が悪かったかもしれないが、犯罪行為を行ったのは佐久間自身で会って、コロナウイルスが悪いわけではないと心の中で思ったが、佐久間にそのことは言えなかった。(終了)
いかがでしたか。コロナ禍の不景気の中で多くの企業が倒産したが、政府の援助策は会社や店舗を想定して策定されたが、この話の中の女性たちのような人には援助策は施されなかった。彼女たちはコロナの犠牲者となっている。コロナによる不況で不幸を背負ってしまい、社会の底辺で生死のはざまで生きていく主人公たちの中に、この時代の闇を表現したいと考えました。
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