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野坂陽子

九頭竜川の農業用水堰堤で女性の死体が上がる。警察は死体の身元を探る。水商売に辺りをつけて被害者を探し当てる。野坂陽子はなぜ殺されなければならなかったのか。コロナの経済不況が女たちの運命を大きく変えることに。

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 今年の福井の夏は最悪だった。6月中から35度を超す酷暑が続き、7月になって梅雨入りしているはずなのに雨も降らない。畑も田んぼも枯れあがり、雑草も枯れるほど日照りが続いた。

福井県の嶺北中央を奥越から流れる九頭竜川もやや水量を減らしていたが、清らかな流れはアユの遡上のメッカとなっていた。この川は冬季はサクラマスの全国有数の漁場として、春から秋にはアユの釣り場として全国から釣りファンを集めている。

この川の中流域に福井平野全域を豊かな水で潤す用水路の取水口となっている九頭竜川鳴鹿堰堤がある。右岸には十郷用水を、左岸には芝原用水を持ち、最近ではパイプライン化された近代的な用水が、平野の末端部まで十分な冷たい水を供給している。この用水路のパイプライン化で福井平野の農業は全国でも屈指の近代的な農業に発展している。末端の農家では田んぼの脇の蛇口をひねれば勢いよく冷たい水を入れる事ができるのである。そんな巨大な堰堤の上をつなぐ橋脚は水面から30mほどもあり、水門を開けた時の水の流れを橋の上から観察すると、恐怖すら感じる威厳がある。

この鳴鹿堰堤で7月20日の早朝、水死体が上がった。左右に用水路の取水校があるがその右岸側、十郷用水の取水口に全裸の若い女性の死体が、取水口の網になった部分に引っかかったのだ。用水路にゴミや草木が入っていかないように網が施されている。毎年アユ釣り客が流されて引っかかることはあるが、全裸の女性が引っかかったのは初めての事だった。

発見したのは早朝の散歩をしていた町内の男性で、この堰堤の堤防は見晴らしもよく。絶好の散歩やランニングコースとなっていて、多くの住民が早朝から利用している。男性は朝5時ごろに川上方向の鳴鹿橋付近から散歩を始め、堰堤付近まで来た時に、取水口付近の異常に気が付いた。すぐにその場から携帯電話で警察に電話し、福井警察署から警察官が出動し、国土交通省福井河川事務所と農林省から委託を受けて用水路を管理する福井県農政事務所の協力を得て、用水路の取水を停め、ボートを出してその死体を引き上げた。

やがて福井県警から刑事がやってきた。福井署の警察官に

  「出動ご苦労様です。福井県警の林田です。ご遺体は?」と聞くと福井署の巡査が

  「こちらです。」と言って近くの芝生の上に敷かれたブルーシートをめくった。中から出てきた遺体は芝生に敷かれたブルーシートに寝かせられていたが、まだ若い女性であることは誰の目にも明らかだった。林田は

   「全裸なのはなんでかな。」と巡査に聞くと巡査は

   「私たちにはわかりませんが、暴行を受けたんでしょうか。」と答えた。すると林田刑事は落ち着いた声で

   「婦女暴行だったら、全裸にして暴行してから殺したんだろうね。この人は殺されてから裸にされたんだと思うよ。争った傷跡がないからね。首を絞められた跡だけが残っているよ。被害者の身元が分からないほうが犯人には都合がいいんだろうね。だから顔見知りの犯行さ。怨恨かもしれない。それにしてもまだ若いこんなにきれいな女性がね、殺さなくても。」とご遺体に手を合わせるとあとは鑑識に任せて、発見現場付近に遺留物がないか巡査たちを使って調べ始めた。しかし上流から流れて来たのか付近には何も残されていなかった。林田は犯行現場が分からないこの事件に雲行きの不透明さを感じていた。


    その日のニュースでこの殺人事件のニュースが流れたが、被害者が分からない難しい事件であることが伝えられた。

    福井県警本部は福井駅前の福井城址のお堀の中に、福井県庁と並んでそびえたっている。権威の象徴のような立地で、今では全国でも珍しい建て方になっている。

    藤堂刑事部長と林田刑事は事件の捜査方針について話し合っていた。林田は

   「被害者の身元を確定することから捜査はスタートしますから、死体の顔写真を使って聞き込みを進めていきたいと思います。」というと藤堂刑事部長は

   「死体の顔をマスコミに公開するわけにいかないから、捜査員を使って地道に探してくれ。被害者が解ったら足取りを追えるだろう。」と言って林田の肩をたたいて奮起を促した。林田は部長からの期待に身震いしたが、死んだ女性の無念を思うと強い思いが湧いてきた。


    林田は鑑識が撮った写真から表情がわかるものを選び、100枚ほど印刷するように捜査員に命じて、捜査本部に足を運んだ。県警5階の大会議室に設けられた捜査本部には捜査員の刑事や福井署の巡査たちが30名ほど集まっていた。その前に立って林田は

   「今から鳴鹿堰堤殺人事件の捜査会議を始める。今のところほとんど物証は出ていない。捜査員全員に死体の顔写真を配るので聞き込みで使ってほしい。遺体検分の結果について解剖を行った解剖医の所見について吉田君から説明してください。」というと指名された吉田刑事から

   「それでは遺体検分の結果について報告します。被害者は女性、推定年齢は25歳から30歳。発見された時は全裸だったので遺留品はありません。体内を調べましたが性的な暴行を受けた様子はありませんでした。死因は首を絞められた窒息死で死後川に投げ込まれた模様です。現在、鳴鹿堰堤よりも上流で争った跡がないか捜査員が捜索しています。」という報告をした。林田は

   「ご遺体の女性は身元が分かっていませんが、水商売関係が考えられるので、片町など繁華街周辺を重点的に聞き込みに当たってくれ。また死体の写真は取り扱いに注意してください。マスコミに流れないように気を付ける事、以上。」と声を上げて捜査会議を終了した。


    ご遺体の身元は意外と早く判明した。繁華街片町のスナックやラウンジを聞き込んでいた刑事が写真を示すとその店の女性が

   「あれ、この写真、陽子じゃないかな。隣のビルの地下にあるスナックの従業員の子なんだけど、時々しか見ないから親しいわけじゃないけど、美人だからよく覚えているわ。『ジュン』という店よ。」と言うので捜査員はすぐにその『ジュン』へ向かった。その店は通りから直接降りていく階段から奥へ進んでいったところにあった。

   捜査員は店の扉を開けると中からマスターが出てきた。

   「失礼します。この写真の女性に見覚えはありませんか?」と捜査員が聞くとそのマスターは驚いた表情で

   「あれ、陽子ですよ。2日前から無断で休んでいて困っていたんです。あの子どうかしたんですか。」と聞くと捜査員が

   「実はこの陽子さんは九頭竜川で水死体で発見されたんです。彼女はどこから来た人なんですか。」と聞くと、マスターは頭を抱えて

   「殺されたんですか。」と聞くので捜査員は

   「殺人事件です。彼女は本名は何というんですか。」と聞いた。すると

   「あの子は野坂陽子って言うんです。詳しいことはわかりませんが大阪から流れてきたんです。本籍地とかはわかりません。この店で採用した時も詳しい履歴書は取ってませんから。」と言いながら履歴書を探してくれた。すると

   「健康保険には入ってましたからこの番号でわかるんじゃないですかね。」と言っ

健康保険の書類を差し出した。捜査員はその番号を警察手帳に書き込んだ。


 マスターの話では野坂陽子は数年前に福井にやってきて、仕事を探すためにこの店に顔をだしたらしい。福井には知り合いはほとんどいなかった。仕事で知り合ったお客とアフターで街に出ることはあったが、あくまでも仕事としてであり、特定の男性と付き合っていたことはないだろうという事だった。


野坂陽子の最後の目撃者が聞いた「北陸新幹線はいつ大阪まで通じるのか?」という言葉が意味するものは何なのか。ミステリーは思わぬ方向性を見せていく。

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