『月光樹』 大和和紀
大和和紀さんの代表作といえば、『はいからさんが通る』と『あさきゆめみし』の豪華二本立て。
『はいからさんが通る』は映画化もされた大人気作だし、『あさきゆめみし』は、源氏物語を全編コミカライズするという奇跡の大作です。
でも、大和和紀さんの作品は大作ばかりではありません。今回ご紹介するのは、単行本1冊におさまる名作『月光樹』です。
【あらすじ】
スペインでフラメンコを学ぶ少女、茉莉は、日本人の父、尾崎画伯と、スペイン人の母(すでに故人)の間に生まれた娘だ。
そんな彼女に日本行きを決意させたのは、ふたつの大きな事情だった。
ひとつは父が事故死したこと。もうひとつは、撮影旅行に来ていた日本人カメラマン、歴と知り合い、おたがい惹かれ合っていたこと。
父の国を見てみたい。帰国した歴にもぜひ再会したい。
茉莉ははじめて日本を訪れ、父の葬儀に参列する。
ところが。実は尾崎画伯には日本に正式な妻子があり(本妻はこれも故人)、茉莉はいわゆる隠し子だった。そして茉莉自身はそれを承知していたが、日本の姉妹ふたりにとっては初耳だった。
姉妹たちは茉莉の存在に驚き、ここから波乱が始まる。
美人女優である長女、薔子はやさしく茉莉を受け入れ、一緒に住むことを決める。
だが、彼女は歴のモデルを何度もつとめ、昔から彼に恋をしていた。そのため、茉莉と歴の関係を知って以来、冷静ではいられなくなる。
次女、真木は最初は茉莉を拒絶。けれど憧れていた姉が茉莉に冷たくするのを見て、心が揺れる。
三女に当たる茉莉は、歴と両想いの恋をしつつも、姉のために身を引く覚悟をする。彼女は姉を大切に思っていた。
茉莉と薔子の恋の行方は。
そして三人姉妹の選んだ道は──。
それぞれの成長を感じさせるラストシーンが、深い余韻を残して美しい。
(1980年 別冊少女フレンド掲載)
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とても個人的な意見ですが、大和和紀さんの絵柄はけしてはなやかではないと思うのです。
そう感じるのは、主に瞳の描き方のせいかと。
瞳と肌がくっきり分かれていないというか、細かい線をふんわり重ねて区別している感じ。当然、お星さまもきらめきません。
あと、描線そのものも細くて控えめな雰囲気ですよね。
『はいからさんが通る』(1975年開始)のころはそうでもないですが、その後どんどん繊細になります。
なのに、なのにですよ。
全体から醸し出されるはなやかさ、気迫さえ感じる美しさはなんなのでしょう。
『月光樹』の茉莉は、ショートカットで一見少年みたいな少女ですが、フラメンコを踊る姿はそりゃもう綺麗で色っぽい。
薔子はセミロングで女性らしく、知的で聡明な美人。
真木は肩にかかるふわふわ黒髪の、これも美少女。
この三人の個性が、外見といい性格といい、すごく美しく際立っていて。
三姉妹の織りなすドラマに引き込まれ、読んでいて全員を応援したい気持ちになりました。
あ、紅一点ならぬ黒一点(?)の歴は、ちょっと外国人みたいなウェーブ髪のイケメン青年です。
彼と茉莉の恋の描写が、また大人っぽくてかっこいい。
彼が恋について語る言葉が印象的で、それが物語を貫いています。
でも恋愛模様もさることながら、私が一番惹かれるのは、三人姉妹の心の葛藤と成長です。
これが、とってもいい。
クライマックスでの茉莉と薔子さんのやりとり……。ああ素敵。ほれぼれする。ネタバレで書いてしまいたいー。短いシーンなんですけどね。
前回の『帰らざる氷河』でも書きましたが、今回も再読して唸ったのは、構成の巧みさです。
決められた長さの中で、どこにクライマックスを持ってきて、どんなシーンで締めるか。
美内すずえさんにしろ大和和紀さんにしろ、長編が傑作なのは誰もが認めるところですよね。
でもやはり、この構成力あっての長編なのだと思わずにはいられません。
『あさきゆめみし』の連載開始が1979年なので、こちらはその翌年の作品です。
平安時代のたくさんの女性たちを描き分けながら、一方で現代の女性たちも生き生きと描写する……。
大和和紀さんだからこそ成し得た偉業ですね。