第七十一話
現実は無残だった。
私がそのことを思い知ったのは祖母と母の通話を聞いてしまったからだった。
手術を終えて二か月。病院での定期検査で、経過は良好と聞かされていた。
両親と再び住めるのはいつになるかと、ワクワクして過ごしていた。
そんなある日のことだった。
学校が終わり、来夏と楽しく話しながら家に帰って来て、耳に入ってきたのは、いつもは温厚な祖母の剣呑な声だった。
『それは本当なの!?』
その時点で嫌な予感はしていた。
直接聞かされたのは夕飯の時だった。
『あのね、星華。落ち着いて聞いてちょうだいね。...お母さんたち、一緒に住めないんだって。』
頭をハンマーか何か、鈍器で殴られたような気分だった。
『どうして!?私、ずっといい子でいたし、喉も治ったんだよ!?』
大声で祖母にそう喚いたのを今でも覚えている。
その時のどうすればいいかわからず、困ったような顔をした祖母の表情も。
*
「それで、もうそれからは世界がずっと暗く見えてたな。
来夏が気を使ってくれたりしてたのには気づいてたけど、自分の気持ちを整理するのでいっぱいになっちゃってね...」
星華さんが語った彼女の過去は想像していたものよりずっと重く、なんと声をかければいいかわからなかった。
そんな俺に気を使ってか、星華さんは明るい調子で続けた。
「そんな大変なことじゃないよ。こうやって高校でいい仲間にも出会えて...」
「そんなことを言わないでくれよ!」
星華さんの言葉にかぶせるように言う。
明らかに無理している彼女に話を続けさせたくなかった。
「大変じゃないとか、さ。俺は...家族と離れ離れになるつらさがよくわかる。
心が絶えまもなく孤独を叫んで、生きているだけでつらい。そんな心境になったんだろ?
そのうえ、声が出なくなるっていうのは俺には経験がないから具体的な心理はわからない。
けど...けど...」
言葉が出て来ない。
どうにか星華さんを励ましたいのに…
「ありがとう、陽大君。
そこまで言ってくれてくれるだけで嬉しいよ。」
一抹の寂しさを感じさせる彼女の微笑みを見て気づく。
星華さんが俺のことを振った理由、”陽大君は悪くないんだよ”という言葉の真理に。
―星華さんは大切なものをこれ以上失わないために大切なものを作らないようにしているんだ―