第三十八話
「...というわけでさ。俺は、父さんに手術を受けてほしくないんだ。」
陽大君が私に語ってくれた内容は、ライ君が教えてくれていたものほど軽いものではなかった。
彼の抱えていたものの重さを実感する。
「つらかったんだね、陽大君。」
父親の意志と相反する自分の願い。
思い描く理想と現実のずれ。
若くしてその重圧に耐えて、私たちの前で明るく過ごして見せる陽大君は本当にすごいと思う。
そんな彼の迷いが少しでも晴れるように、言葉をかけることにした。
「少し、昔の話をしましょうか。」
*
あるところに、歌うことが大好きな少女がいました。
彼女は毎日のように大好きな歌を歌って過ごしていました。
両親から愛され、友達もたくさんいて、幸せな日々を過ごしていました。
しかし、そんな彼女に悲劇が訪れます。
彼女は病気で声を出せなくなってしまったのです。
さて、慌てた両親に病院へ連れられた彼女はお医者さんから二つの選択肢をもらいました。
一つ目は薬で病状を軽減してだましだまし声を出せるようにする方法。
勿論、だましだまし声を出すわけだから、歌なんて歌えません。
もう一つの選択肢は手術で患部を治療する方法。
こちらはほぼ完全に以前の状態に戻すことができるものの、成功率はとてつもなく低い物でした。
少女は両親に反対されながらも、手術をすることを選択しました。
それほど彼女にとって、歌はかけがえのないものだったのです。
*
「陽大君のお父さんはこの少女と一緒で、リスクがあっても得たい、大切なものがあるんじゃないのかな?長く生きて陽大君や妹さんの成長した未来の姿をできるだけ見たいんじゃないのかな?」
そう語ると、陽大君は手を顎に当てて考えるそぶりを見せる。
そして、
「......そうだな。......父さんの人生は父さんのものだ。俺に決める権利はない。
そのうえ、俺も父さんに俺の未来の姿を長く見てもらっていたい。」
と言って、
「ありがとう。おかげで迷いが吹っ切れた。」
と感謝を述べられた。
その顔は、今日初めに見た時よりもずっとすっきりしていて、まるで憑き物が落ちたかのようだ。
「それはよかった。」
その感謝に笑顔で答える。
外の天気も雲がいつの間にか晴れて太陽が姿を見せていた。