第三十六話
分かっていた。
ずっと、ずっと。
手術を受けなければどのみち父の命は長くないって。
でも、幼い子供の我が儘みたいかもしれないが、リスクの高い手術を受けてほしくなかった。
死んでほしくない。
まだ、俺を一人にしないでほしい。
*
「お兄?入るよ?」
暗い陽大の部屋に妹である可憐な少女、沙羅が入る。
「ほんとにどうしちゃったの?この前の週末くらいからずっとこんな調子で。」
「…なんでもない。大丈夫だ。何も心配は...」
「私はお兄のことがすごく心配。こんな調子で...まあ、あと一時間で夕飯だから下に来てね?」
「分かった。」
沙羅の表情は不安そうではあるが、あまりに落ち込んでいる兄を気遣ったか、すぐに部屋から去って行った。
また一人物思いに沈む。
*
もしも、もしも父を失ったらどうしようか。
失いたくない。
父が入院してからずっと叫び続ける心の声。
とうとう抑えきれず、体を動かす気力もなくなってしまった。
振り返ってみると、孤独を感じない日はなかった。
いつだって、美しいものを見ようと、友人の冗談に笑った時も、心の奥底では孤独を感じていた。
「いや、...そういえば。」
高校で出会った歌姫、星華さんといるときだけは孤独を感じなかったな。
どこか、温かくて、心が落ち着くような。
長い冬を乗り越えて浴びる春の陽光のような、そういう感覚。
一緒に歌っている時には高揚感すら感じた。
そのことに気づくと、途端に星華さんに会いたくなった。
時計を見るとまだギリギリ部活をやっているであろう時間帯。
”学校に行くか”
「沙羅!ちょっと出かけてくるから!」
そういって家を飛び出した。