第5話「STAY EVER HERE」
是非ともブックマークや評価のほど、よろしくお願いします
今回も後書きにて用語解説しております
ガラガラと軽音部の扉が開く音がする。
反射的にアリスと美步はその音の方へと顔を向ける。
先ほど話題に挙げていたドラムの彼女がやってきたのだ。
少しもの恥ずかしそうに、紗奈は口を開く。どうもあの大きな身体からは出ているとは思えない小さな声だが。
「その……軽音部の見学に……きました。」
アリスはその発言に嬉しくなりつい紗奈に飛びついてしまう。
「本当に来てくれたんだね!!」
「だから見学だって言ってんだろ!!」
「まあまあ。」
ツッコミを入れながらもなんとか場を収める美步。いわゆる先輩らしい。……しっかりと先輩なのだが。
「ちょうどいいや!アリスにもちゃんと説明してなかったし、ここの軽音部について説明するね。」
2人分の椅子を用意し、美步自身は奥の練習するスペースがあるフロアの段差になっている部分にゆっくりと腰掛ける。
「まずは入学おめでとう!もうすぐ一ヶ月経つけど友達はできた?」
「はい。」
「おかげさまで!」
2人の返事の差があることに美步は気づくも、とりあえずはニコニコと笑顔を浮かべながら話を進めていく。
「ならよかった!!」
「ここの軽音部ができたのって、実は去年の10月からできたの。」
「えっ、そうなんですか?」
「そう。しかもその時期ってみんな大体部活に入ってるし、わざわざそこから転部するか?ってなって私1人しかいない訳。」
「なるほど……。」
美步の話を2人は真剣に聞く。
「私が4月から生徒会やら担任の先生やら学年主任にひたすら『あそこのプレハブ物置なら使わせてください!!なんなら軽音部としてやりたいです!!』って言いまくってたのが功を奏したのかもね。」
ハハっとお腹の底から出る爽やかな笑い。
そこには沢山の苦労があったのだろう。
「まずここのプレハブを掃除しまくるでしょ?次にドラムやらアンプやらを搬入するでしょ?配線はまだよかったけど、そこからPA設定するでしょ?いやーもう大変だったよ!!」
苦労話にも花が咲いたところで美步は話を戻す。
「で、だ。もちろん部として存続するとなるとある程度人数が欲しくて。今年中に最低でも3人以上いないと来年あたりの総会かな?それっぽいので軽音部弾き出されちゃうんだって。」
「アリスは入ってくれたし、紗奈ちゃんが入ってくれたらものすごく嬉しい。」
「……そっすか。」
入ってくれたら嬉しい。その言葉に思わず口元が緩みそうになるが、今失った居場所にどうしてもいたい。
まだ選手としてバレーを続けたいという欲を振り切れていない彼女にとって、そっけない返事になってしまうのも無理はない。
そんな無の表情をしている紗奈を見かけた美步は段差から立ち上がると、すでにアンプに接続してあるギターを持ち、ストラップを通し、弦に挟んだピックを指で持つと軽く弾き始める。
その所作に紗奈は目を見開く。
初心者ではない、ということが一目瞭然でわかる。
美步のストロークはパワーいっぱい溢れるかと言われればそうではなく、とても綺麗に手首がアップダウンしている。
指板のを動かすのも一つ一つ抑える弦の指も他の弦に引っかからない。
目的の弦に指が届かなくて他の弦に手のひらや指の腹の部分があたり、鳴らしたい音が鳴らない、というのは初心者あるあるなのだがそれがない。
演奏のスピードはそこまで速くないし、派手な奏法で魅せるというのもない。いたって「普通の演奏」。それでもこの丁寧なコードの弾き方というのはまさしく「リードギター」にピッタリである。
先輩の実力がわかると、自然とその目線はアリスの方へと向くのもおかしいことではない。
あれだけのことを言ったんだ。アリスに何かを期待してしまうのも、当たり前なことだ。
演奏を終えた美步はギタースタンドに置くと、一つ小言と言わんばかりに口を開く。
「別に無理してドラムを叩く、ってのはしなくてもいいと思うの。」
「えっ?」
思ってもいなかったことを言われたため当然驚く反応を見せる。
「バレーとドラムの葛藤があるんでしょ?アリスから大体話は聞いたの。」
「大怪我を負って、イップス気味になって。それを荒療治して治すってのが一番よくないと思うんだ。」
「でもそれをしたいと思う『居場所』がイップスが原因で無くなってしまったのなら……。」
「私たちがその居場所を作るよ。」
「だから貴女にとってここがそういった居場所になるのなら、ぜひ入ってほしいな。」
「ドラムを叩くきっかけってのは後からでもいくらでも作れるし、ね?」
年上の先輩から言われるその言葉に、ハッとさせられる。
紗奈はぽかんと唖然していたが、確かに言われた通りだ。
今までも「早くバレーができるようにならなければならなきゃ」「早くドラムが叩けるようにならなければならなきゃ」といった焦りが生じていた。
しかし美步は違った。ここにいるだけでいいと言った。
きっかけは後でいくらでもつかめばいいと。
その考えに至らなかったのは、焦っていたから。その場所に執着していたから。
その言葉と心に気づいた紗奈の気持ちの持ちようというのは、一気に軽くなった。
重たい重たい碇が足首から取れた。そんな感覚だ。
そんな言葉の後にアリスがギターを手に取る。
「同級生あんた1人だったら来る理由なんてないと思う。」
「だけど私がいる。」
自分の胸に親指を突く。
「同い年の奴がいる。それだけでも来る理由があるんじゃない?」
ギターを軽く弾き手首の動きを確認する。音を抑えるとアリスは美步に「マイクをつけてくれ。」と頼む。
意図を汲み取った美步はOKのサインを作るとPAの前に行き、マイクの音をつける。
ボッとマイクのつく音がすればアリスは発声を2回ほどする。
美步はどんな声をしているのか、紗奈は今からどんなことをするのか期待していた。
だがその期待ははるかに大きく越え、その歌声に鳥肌を立たすことになる。
「ロックがあなたの居場所を作る。」
「ロックはハズレ者たちの居場所なんだから!!」
ギターのストロークを始める。
そのストロークはとても速く、まるですぐ曲が終わってしまうかもしれないほどの速さ。
リードギターをしながら歌うなどという離れ技はできないのでバッキングしながら歌うことに。
おそらくアリスが考えた曲なのだろう。
タイミングが整うとアリスが書いた歌詞を叫ぶ。
「思い出も
雑念も
振り払って
前に進むのが
普通なんだろう」
一つ一つのフレーズを言うのが早い。
コードの切り替えもとても早い。
そしてその声はとても芯が通っていて、丁寧に歌っていない。パワフルだ。
お腹の底から出ていると確かめなくてもわかる大きな声と、ブレがない声に紗奈と美步は聴き入ってしまう。
「だけどどうしても
前に行く事が
怖いことだって
気づいてる」
一度ここで曲の雰囲気は落ち着く。かと思えばストロークの速さは変わらない。曲の自体の速さをはやめていく。
いわゆるサビ前の谷と言っていいだろう。
気づいてる。の部分で声を張り上げると、その声はマイクの返しによって部室全体に響いている。
その声に紗奈は心臓と耳に直撃するような衝撃を覚え、美步は身体の下から伝わる衝撃に鳥肌が立つ。
ついにストロークを速めていく。ラストでもあり、曲のメインのサビだ。
「ここにいることが
救いであってほしい
ここにいることが
誇らしく
縋る場所であって欲しい」
目を閉じて一生懸命に叫ぶ。その叫ぶ相手は紗奈、ただ一人。
魂の咆哮が、心に刺さって欲しい。
その一心だけ。
「肩を離すその日まで
ともにここにいよう
その日まで
その日まで」
最後まで歌い終えると、コードを適当に掻き鳴らし弦全てを抑え曲を終える。
1分近くにしかみたないその曲を聴き終えた紗奈はまずこう口開いた。
「曲は完成してる?それともしてない?」
アリスは満点の笑顔でこう答えた。
「ドラムとベースがまだだけど、ギターはもうできてる。」
すると美步は驚いた声で反応した。
「ショートチューンか!!」
ショートチューンとは長くても1分半ほどしかない曲のこと。
しかしその分とてもスピーディーでアグレッシブで、ドラムもギターも激しく最初から激しいテンポで曲が進む。
フェス等でやると最初から気分を上げられるので、人気が高い。
アリスはグーサインを送ると、紗奈は立ち上がった。
「ドラムとベースはまだなのか?」
「そうなの。ほんとに高校入る前くらいから作曲しだしたから……。」
「これは即興?」
「いいや!!もう前々からちゃんと作ってるやつだよ。」
「曲名は?」
立て続けに質問されたアリス。だが曲名を聞かれると、素直に言った。この曲名が紗奈にとっての新しい居場所、そして新たなる仲間を見つけた瞬間になった。
「『STAY EVER HERE』!!!!」
題名を聞いた時、紗奈はそのまま言葉を紡ぐ。
「入るよ、軽音部。」
「ほんとっ!?」
「もちろん。今すぐにでは叩けないとは思うけど。」
「アリスのおかげでここにいたいと思えるようになった。」
「ありがとう。」
そして何かを確信したのか、紗奈はアリスの後ろを歩きドラムセットに座る。
スローンの高さを調整すると、フットペダルに足を置き、一つ踏んでみる。
ダンッ!!!!と力強い音が部室に響く。
あまりにも重い、パワフルな音が部室に響いた。
それからも何度も何度も踏む。スライド奏法、ヒールアップ奏法と呼ばれる奏法を約3分ほど確かめた紗奈はこう言った。
「ははっ……何が引っかかってたんだろう。……全然痛くないや。」
その言葉にアリスはとびきりの笑顔を、美步は驚きの表情をした。
紗奈が流す笑顔と涙に、ギターの音を添えた。
軽音部にドラムがやってきた。
スローン……円形の椅子。ドラムは基本これに座ってドラムを叩く。
PA……マイクの音量調節、声の反響等を調節する機械のこと