第2話「ギターを掻き鳴らせっ!」
後書きにて用語解説をしております
是非とも最後までご覧くださいませ
「軽音部あるんですか!?」
軽音に入らないかと言われたアリスは、すぐに立ち上がって自分より少し背丈が小さい先輩の肩を掴む。
驚きと喜びが入り混じり、目が見開いて。でも口角は喜びで上がっており少なくともマイナスの感情でないことは間違い無いだろう。
「勿論!ただ私しかいないんだけどね。」
「えっ。」
また更なるインパクトの強い情報が出るとアリスは先ほどと同じくして固まる。
「って言うのも私が一年生の時に私がやりたいって言って立ち上げたから本当に誰もいないんだ。」
「ただ、今年ある程度人数集められなかったらやばいんだよね。」
「無くなるんですか?」
「リーチがかかる。」
2人はトイレから出て、人で溢れかえっている廊下を少し歩き壁に背中を持たれさせかけて話を続ける。
「3年以内にある程度の人数が集まらなかったら廃部ってこと。」
「マジで言ってます?」
「文化部だからって理由のもあるね。運動部ならもう少し違うらしい……。」
「それにドラムセット、アンプやPA、マイクまで置いてもらったしさー。これだけ金かけさせといて辞めろはしんどいんだよね。」
天井を仰ぎもの遠そうな眼をする彼女にアリスは答える。
「私軽音好きだし、どのみち入りたいなって思ってました。」
「軽音部がなかったら自分が立ち上げるつもりまでいましたし。」
「……君の目を見ればそれはよく分かるよ。」
「ところで先輩、お名前教えてもらっても……??」
その問いに彼女は答えた。
「町田美步。よろしくね。」
「へー!!中学の頃にアメリカから来たんだ!!」
「今でも日本語が拙いところがありますけど、まあなんとか……。」
放課後、早速軽音部のあるプレハブへ足を運んだアリス。
体育館から少し離れた正方形の建物だ。
手招きされ入ると、意外と広々としていた。
天井はしっかりと踏み込んでジャンプすると手がギリギリ届きそう。
壁は少しどころか所々シミが見られ、床もマットが敷かれているものの傷やシミ。そしてどこからでも出てくる小さな虫達。
そして1番奥に鎮座するドラムセットと各パートごとに歌う用のマイク。
特にドラムはスネアの面も綺麗で、シンバルやハイハットにも傷がついていない。
それに対してアンプは窓から差し込む日差しなどで色褪せているなどの、使い込まれている古さがある。
1人だけど聞いていたが、まさしくその通りでドラムがいないのだなと直感的にアリスは気づいた。
またここのプレハブは物置だったのだろう。綺麗な軽音部室というわけではなさそうだ。
それもまたロック、と言えばロックなのだろう。
特にそこらへんに関してアリスは不満を抱かなかった。
「そう言えば美步さんのパートって?」
「ギターだよ。この一年はひたすら練習だけしてたな。」
美步は笑い飛ばす。
「アリスちゃんは?」
「私もギターです。私も色々触ってきたみたいな感じで……。」
「なら弾いてみてよ!!今日はギター持ってきてないんでしょ?」
美步からギタースタンドに置かれていた彼女のギターを渡される。
彼女の髪の色より少し濃い茶色のギター。ペグの手垢も、弦の傷も見れば彼女の言葉に嘘はない。
たくさん練習してきたんだな。
それを感じ取ったアリスはすぐにシールドを持ち運び用のアンプとギターに繋げる。
「なら軽く弾いてみますね。」
アリスはそういってピックを親指と人差し指でしっかり持ちCコードを鳴らす。
アンプから流れるギターの音。美步はその音を聞いて目を見開いた。
ぶわっと、衝撃の暴風が美步の顔を引っ叩いた。
別に舐めていた訳ではない。ただ彼女が弾けるというのだから、そのレベルはどんなものか想像できなかった。
ただ一回弾いただけ。その一回がギタリストにとっては重要なのだ。ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が美步にやってくる。
首を上げるとアリスはそのまま指を階段上に動かし、速く動かしてギターを鳴らす。
速い。運指が速すぎる。「たった」3年でここまで弾けるようになるのか?
ピロピロと指も下り音階が下っていくのがよくわかるが、そのスピードが尋常じゃない。例え数年弾いているものがいたとしても苦手な人だっている。それを容易くやってのけてしまっている。
そして速いだけではない。「激しい。」
速いテクニック系のギタリストはそこら中にいる。売れているバンドマンにもごまんといる。
しかしながら「女性」という中で、腕を大きく動かし、身体を揺らし。それはまるで踊っているかのように音に乗り、手首を動かす様を美步自身は見たことがない。
彼女のそのギター捌きにいつしか見惚れている自分がいることに、美步も内心驚いていた。
そしてその次はアリスが好きな曲であろう、曲を弾いているようだ。
膝を少し曲げ、彼女の目線はギターの指板に。
背中を少し丸めるように曲げている。美步から見ると彼女の頭頂部が見えている形になる。
そしてブリッジミュートと呼ばれる奏法でギターを掻き鳴らす。
エフェクターなどによる音の編集は一切行なっていない。なのにここまで、アンプのみの力でギターの音を歪ませ、グルーヴ感と呼ばれる雰囲気を醸し出すことのうまさ。
そして何より彼女の表情は見えていない。
だけどその額に滴る汗、彼女の溢れ出る形容するのが難しい「ギタリスト」としての雰囲気、技術の高さ。
全てが100点満点以上の力を発揮している。
そして彼女の弾いている姿に、美步の脳裏にはとある情景が映っていた。
いつか行われるライブハウスでのライブで、彼女がエフェクターのスイッチを踏みギターを掻き鳴らし、汗を染みた服に汗の水滴がついたギターの弦を弾き飛ばすかのような激しいロックサウンドをしているところを。
そしてマイクに可愛いとは真反対のカッコいい叫びに近い歌を歌っているところを。
そんなことを想像していると、いつしかアリスがギターを鳴らすのをやめていた。
その表情はとても楽しそうで、カッコいい雰囲気とは裏腹に、弾ける笑顔がとても青春チックで、明るいものだ。
「やっぱりギター最高です!!」
肩で息をしている、ハキハキとして大きな声と笑顔が美步に興奮を与える。
もしこの子をボーカルに据えてバンドができれば、とてつもない成長を自分にももたらしてくれるのではないか?
そんなところまで頭がよぎっていた。
美步はひとつ、アリスに聞いてみる。
「どうしてギターを始めたの?」
アリスはこう答える。
「音楽が好きだから。」
「ロックが好きだから。」
「そして魂震わせるパンクが大好きだから!!」
元気よく答えるアリス。そこに一才の邪な感情はない。
むしろものすごく爽快で、眩しい笑顔が美步の心を揺れ動かす。
美步はアリスと握手を交わし、元気よく問う。
「バンド、組もう!!」
シールド……ギターと後述するアンプを繋がる一本のロープのようなもの。
アンプ……音を出す機械。手軽なものから大きなものまで幅広い。
ブリッジミュート……ネックに近い弦の上に右手の側面(小指側)を触れさせ、出る音を抑える演奏方法のこと。
特にパンクやメロディックハードコアという激しいロックでは多様することが多く、曲の速さの加速、重量感を増すことができる。
エフェクター……音を作ったり、それを踏むことによって音を歪ませたり曲の音が変わるよになる箱型の機械。




