第10話「目標とバンド名」
千景を迎えてから数週間が経ち月日は6月を迎えた。
この頃は学校前の階段を登ってからある紫陽花の花壇達が見頃を迎え、雨という気持ち的にも閉塞的になってしまいそうなところを色鮮やかに飾ってくれる。
しかしそれとは裏腹に軽音部の部室はかなり賑わっている。
アリスが作曲しているという影響もあるのか、千景がわからないところがあれば教えてあげたりするなどして千景の実力向上を図り、できる範囲内でバンドとして歌う曲を練習したりとかなり軽音部らしい行動をするようになった。
充足感が溢れる中、とある練習の日。
曲をやり終え汗を流しながら休憩をとる紗奈はペットボトルのキャップを開けたと同時に口も開く。
「そういやアタシらってバンド名決めてなかったよな?」
「あっ……確かに。」
ギターのペグを持ち、チューニングを行いながら美步は同意する。
「それに何を目標にする?」
アリスも提案する。2人の目線は自然と美步へと向かった。
「それはね、私考えてあるんだ。」
すると美步はギタースタンドにおいて一つずつ説明し始める。
「一つ目はライブハウスに出て学生イベントに出ること。
二つ目はやっぱり校内ライブだよね。うちの高校は文化祭とその後に後夜祭があってそこでライブできたら最高。」
「それで最後は……これっ!」
美步がスマホを3人に向ける。紗奈は席を立ち、弦楽器2人はそのままスマホに顔を近づける。
そこの画面にはとあるフェス?のような宣伝広告を打っている。
とてもカラフルだが、写真の一つ一つは汗を垂らしながら歌う姿や、ギターソロの時の写真、ドラムの顔が映ったりしている。
「えー……えぬ……えす……?」
「これでね、『アンス』って読むんだ。」
千景の疑問に美步は続ける。
「アンスフェス。All Nippon high school Festivalの略でね。日本の高校生バンドが集まる全国大会なんだ。」
「これに優勝したらあの超有名フェスの『横浜カーニバル』のメインステージの優勝枠に立てるんだよ。」
「はっ!?」
アリスと紗奈はあまりにも大きい驚愕の声を出して固まってしまった。
横浜カーニバル。毎年冬〜春のいずれかで行われており、2日間開催される。ロックバンドに限らずフェスや音楽好きにとっては知ってなきゃおかしいくらいには超有名フェスである。
ここでは様々な路線のアーティストを呼ぶが、大抵はパンクやメロコア、ラウド系等の邦ロックバンド界隈では超有名どころや大御所達が参加するフェスである。
動画サイトでもその模様は上がっており、圧倒的なライブパフォーマンス、毎年見せる伝説尽きたライブというのをアリス達は視聴者側で常に見ている。
またこのフェスのサブステージは開催される会場から2kmほど離れており、若手や急上昇中のバンドがここに呼ばれ「栄光の道」と呼ばれるメインステージ出演を夢見てライブする、というのも醍醐味だ。
そのためメインステージと変わらないかそれ以上の熱狂を起こすこともある。
今まではこのアンスフェスの優勝枠はサブステージで行われることが多かったが、ここ5年からメインステージ出演が決まってきているそうだ。
「もちろん伸びなかったらその一回きりで終わる、なんてのもよくある。
だけど私はどうしてもこれに出たい。」
「やるからには日本の頂点を目指したい!!」
笑顔ではなく真面目なトーン、そして鬼気迫るというよりはあまりにも真剣。彼女の思いを全て込めたかのような声色が3人にぶつけられる。
美步の意見を汲み取った3人の意見というのは、言葉を発さずとも通じ合っている。
「当たり前でしょ。やるからにはてっぺん目指すよ。」
「私でも日本一を目指せるなんて……。」
「こういうのひりつくなあ……!!」
燃えたぎる闘志、将来の自分を妄想、見えない敵との勝負、まだ知らない音楽との出会い。
様々なことを巡らす3人に、美步はパンっと手を叩いて仕切り直す。
「当面の目標はこれで行こっか。」
「今年のアンスフェス、予選は秋から行われるの。もし千景ちゃんが間に合うなら出たいとこだけど……?」
先日入部したばかりで初心者の彼女に、確認の質問を美步は投げかける。
しかし千景の回答は決して不安のない、弱みも見せない強い返答をする。
「……期待されることがあまりなかったんです。人生で。」
「私の出来次第でバンドが前に進める。それが何よりも嬉しくて……!」
「出ましょう!出たいです!だから頑張ります!」
千景の発言を聞いた3人はなあ尚更私たちも頑張らないと、と意気込んだ。
するとアリスはこんなことを言った。
「Stoked Evening……」
「あ?なんて?すとっくぅ……どぅ?」
「Stoked……スラングなんだけど、ワクワクしたとか、興奮したとかって意味。」
「これから私たちはたくさんのワクワクを経験してくんだろうなって……そして届けるんだなって思ってさ。それにメインバンドは大体終わり際…‥夕方でしょ?」
「くっそ……おまえ!」
アリスの考えに紗奈は肩を組んだ。
バンド名はこれでいい。そう言わんばかりの考えに残りの2人も頷いた。
「私たちのバンド名は『Stoked Evening』だね!」
Stoked Eveningの挑戦が、今から歩みを始めていく。
大雨だった空が自然と止み、灰色薄曇から陽の光が差し込み、4本の木漏れ日が漏れた。




