その98 ぶっつけ本番
ガキイン! コアトルの口が閉じて牙同士がぶつかる音が背後で聞こえた。地面を転がった俺の身体には鈍い痛みが起こる……おそらく肩や膝など、服の下ではいくつもの擦り傷が出来ているのだろう。
俺達の捕食に失敗したコアトルは急カーブを描くようにして、身体をUの字形にして再び上空へと舞い上がっていく。先のコアトルの叫びを聞いていたのだろう、近くの民家のカーテンが引かれている窓に暖色の明かりが灯るのが見える。
「マイ! 無事か⁉」
「う、うるさいぞっ、耳元で大声を上げるなっ」
どうやら無事らしい。気絶していないのもいまはありがたい。
「マイ、いますぐあの空飛ぶ箒を出してくれ!」
「まさか、戦う気か⁉ あの魔物と⁉」
「いま俺がやらなきゃ、近くに住んでる奴らが巻き添えになるだけだ!」
「……っ⁉」
街の中心から離れているとはいえ、ここには多くの住宅が並んでいる。早いとこ手を打たなければ、多くの犠牲者が出るだけだ。
「くそったれ! 乱暴に扱うんじゃないぞ!」
メイドらしからぬ毒舌を吐いて、マイがすぐそばにあの箒を出現させる。俺はすぐさま起き上がると、それに片足を乗せた。
「わたしのスキルだから、操縦自体はわたしがする。お前は振り落とされないようにしろ!」
「ぶっつけ本番だろ、分かってる」
体幹は鍛えてるからな。箒には初めて乗るが、マイに出来るのなら俺にも出来るはずだ。
「それじゃあ行くぞ!」
彼女の掛け声とともに、箒が宙に浮かび、急速度でコアトルがいる上空へと浮上していく。
「うお……っ⁉」
俺は慌ててもう片方の足も箒に乗せるが、予想以上のスピードと風圧に思わず声が出てしまった。体感的には自転車や一輪車のサドルに足を乗せている気分だ。あるいは暴れ回る馬の背中に立っている気分か。
マイは簡単そうに乗っていたが、これは結構、いやかなりバランスを取るのが難しい。正直立っているのがぎりぎりという感じで、これでコアトルと戦うというのは……。
「戦えないなら下にいていいんだぞ」
不意に声が聞こえて、バランスを崩さないように気を付けながら視線を向けると、マイもまた箒に立ち乗りして空中に飛び上がってきていた。彼女は慣れた様子で、足元や箒を見ることなく余裕でバランスを取っている。
「わたしだって慣れるのに何ヵ月も掛かったし、戦えるくらいに自在に乗りこなすのにはさらに何年も掛かったんだからな。お前は素直に下にいて、魔物が下に行って民家を襲うのを防いでくれていればいいんだ」
「…………」
俺は肩をすくめた。




