その97 コアトル
「……ジーク=フニール」
マイが口を開く。相変わらずのフルネーム呼びだが、その声音はいままでのつっけんどんな言い方から調子の落とした真面目な口調になっていた。
「お前は……」
彼女が何かを言おうとした、あるいは聞こうとした、その時、不意に俺と彼女の間の道路上から何か小さな物音が聞こえてきた。カタカタという、ものが少し動くような物音……。
……確か、そこにあるものは……さっき俺が通った時にあったものは……この街の地下水道に続いているマンホールの蓋があったはずだ……。
「……!」
そこで俺は気付く。マンホールの蓋はとても重い金属製のはずだ、それがたとえわずかでもひとりでに動き出すことは、まずあり得ない。
もしそんなことがあり得るとすれば……。
「離れろマイ!」
「え?」
俺が叫ぶと同時に、マンホールの蓋が上空へと吹き飛び、その下から何か巨大なものが飛び出してきた。
「だ、大蛇⁉」
マイが驚きの声を上げる。
その何かは細長い体躯をしていて、一見すると確かに大蛇のように見える……が、その胴体には本来普通の蛇にはついていないはずの羽がついていた。
「違う! コアトルだ!」
「……⁉」
コアトルは略称であり、正しくはケツァルコアトルという名前だ。魔物の一種であり、本来は密林や高山などの地域にいるはずだが……。
「なんでコアトルがこんなところにいやがるんだ!」
この街は高山からも密林からも離れた場所に位置している、コアトルなんて高ランクの魔物が迷い込むなんてことはまずないはずだ。
そもそも、街の周囲は警備兵やギルドから依頼された冒険者が見回りしていて、街の中に魔物が入ってこないようにしているはずなんだ。
空中に浮かぶコアトルが鳴き声を上げる。あまりにも高い鳴き声で、ぶるぶると空気が振動し鼓膜が破れそうになる。
「く……」
「う……」
思わず俺とマイは耳を押さえるが、次の瞬間コアトルは鳴くのをやめると空中を高速で滑空して俺達へと迫ってきた。鋭い牙の並んだ口を大きく開けて、俺達を捕食する為に。
「避けろマイ!」
俺は叫ぶが、マイは先のコアトルの鳴き声のせいか、地面にうずくまるようにしていた。あまりに高く大きい鳴き声のせいでめまいを引き起こしたのかもしれない。
「くそっ!」
俺は足を思いきり踏み込んで、猛スピードで彼女の元へと飛び出していく。コアトルが俺達を噛み砕く寸前で、俺はマイを抱きかかえるようにして地面を転がった。
「ぐ……っ」
「……っ⁉」




