その96 彼女が話すその時まで
せっかく書店に来たのだから、俺もそばの書棚の本を眺めてみる。いつも脳筋だの馬鹿力だの言われているが、こう見えて俺だって本くらい読むんだぞ。
筋トレの本とか、戦術や戦略の本とか、これまでに発見された魔物に関する本とか。…………、あれ? 全部なんか……あれ?
「なに間抜け面して突っ立ってるんだ? ジーク=フニール」
マイの声。振り向くと、会計を済ませたのだろう、紙袋を大事そうに抱えている彼女がいた。
だからフルネーム呼びはやめろって。
「興味のある本を見てただけだ。そんなに間抜けっぽい顔してたか?」
「してた」
即答かよ。
「そんなことより」
そんなことで片付けたマイは、店の入口の方を小さな顎で示すと。
「もうすぐ閉店の時間だ。何も買わないならさっさと出るぞ」
壁に掛かった時計を見ると、閉店まであと五分もない。あと五分この店にいられるということではあるが、まあ閉店作業で忙しいだろうし、素直に退店しておこう。
俺達は店の外へと出る。店の外のすぐ近くでも、店員が屋号の入った幟を片付けていた。
「じゃーなマイ」
「名前で呼ぶな、脳筋が」
「とげとげしてんなあ。じゃあメイドさん、さようなら」
まあ昼間みたくいきなり襲ってこないだけマシか。ファラがよく言い聞かせてくれたんだろう。
俺は後ろ手にひらひらと手を振りながら、夜の道を歩き出す。まだメシを食ってなくて、腹がさっきから痛いくらいに訴えてたからな。
今日は牛肉の半額弁当が運良く買えたからな。うきうきとした気分で帰途を歩いていると、後ろから足音。
「…………」
虫の報せとでもいうのだろうか、なんとなく後ろを振り返ると、外灯に照らされるマイがそこにいた。さっきと同じく、購入した本が入った紙袋を腕に抱えている。
「なんだ? まさかまた襲ってくるつもりか? 昼間みたいに」
「……お嬢様から、もうしないように言われた」
ファラはちゃんと言い聞かせたらしい。
「じゃあなんだ? 俺に用があんのか? それとも空飛ぶ箒が壊れちまったのか?」
「知ってるだろ、スキルで作ったものは壊れても自然に修復される」
「まあな」
スキルで作ったものは、そのスキル所有者の精神エネルギーで稼働するとされている。だからこそ壊れても時間経過で修復されるし、ある程度なら自動で稼働することも出来る。
「じゃあ俺に用があんのか?」
「…………」
マイはすぐには答えずに、じっと俺のことを見つめてきた。その顔にさっきまでの敵意や疎ましさはなく、至って真面目な顔つきだ。
何かしら、真面目な話や用があることは、容易に察しがついた。
「…………」
「…………」
だから、俺もまた黙ってマイを見つめる。話すことを急かしたりはせず、彼女が話すその時まで待つことにする。




