その94 住み込みのメイド
「…………」
そーっと、俺は店の入口のガラスドアから顔をちょっとだけ見せるようにして、店内を覗き込んでみる。この書店は大手系列のチェーン店の一つであり、店内は明るく結構広い。
しかしもう夜ということもあって、客の数はまばらで、天井の照明やそれを反射するリノリウムの床の方が目立っているくらいだ。入口に張られている張り紙をよく見れば、営業終了まで後三十分ほど。そりゃ客も少ないわけだ。
マイはというと、入口から見える書棚の前で、数多く並んでいる本の背表紙とにらめっこしていた。『むー……』とうなる声が聞こえてきそうだ。
だが目当ての本は見つからなかったらしく、書棚の奥の方、入口からは見えない場所へと移動していく。
「…………」
俺はガラスのドアを押し開けて中に入る。カウンターにいた店員が眉をひそめたが気にしない。うわっ、この客中に入って来やがったよとか思ってんだろうな……。
いくつもの書棚を通り過ぎて、俺はマイがいるであろう書棚へと来る。果たして、その長い書棚の奥にマイはいた。目立つメイド服を着ているのだから間違えようがない。
彼女は背伸びをして、高いところにある本を取ろうとしているようだ。俺は彼女へと歩いていく……特に足音や姿を忍ばせたわけではないのだが、彼女は本を取ることに夢中になって、俺が近付いていることにも気付いていない。
バレエダンサーくらいに爪先立ちになった甲斐があったらしく、マイの指先が目的の本の下部に触れる。そしてようやくのことで本を取れるという段階になった時、彼女は爪先のバランスを崩してよろめいた。
「わっ……⁉」
危うく床に倒れそうになるマイの身体を、俺は受け止める。
「おっと」
危ない危ない、書棚の本まで巻き込んで大惨事になりそうだったぞ。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございま……っ⁉」
そこでマイは俺だということに気が付いて、猫がバッと身構えるように俺から離れた。
「ジーク=フニール……⁉」
フルネーム呼びはやめろって。
「なんでここにいる……っ⁉」
一応、店の迷惑にならないように声量を落とした声……だがその言い方には警戒心が露わになっている。俺は肩をすくめた。
「なんでも何も、俺ん家の近くだからな、ここ。箒に乗って来る時に気付かなかったのか?」
「あ……」
いま気付いたらしい。
「こいつん家の近くだともっと早く気付いてれば……ここには来なかったのに」
ぼそりとマイがつぶやく。聞こえてるって。俺は小さな息をついてから。
「いまは仕事終わりなのか? 本が好きなんだな」
「……わたしは住み込みのメイドだから。お嬢様達がお呼びなら、いつでも仕事が出来るようにしている」
「大変だな、そりゃ。まあ、ファラなら働き過ぎないように気配りしてそうだが」
「む……」




