その9 ノースキルのジーク君
女職員がニヤニヤとした顔を向けてくる。顔が近いんだよこんにゃろう。
「だってさ。君に出来るかな? ノースキルのジーク君?」
「馬鹿にすんな。俺はドラゴンだって討伐したことがあるんだぞ」
「それは私が共闘したからだろぉ。まあいいや。君がそう言うなら止めないよ。頑張りたまえ」
俺の肩をポンポンと軽く叩きながらそいつは向こうに行ってしまう。何の為に来たんだ、あいつ。
紅髪のポニテを揺らすそいつの後ろ姿から、受付嬢へと視線を移す。同じように女職員を見ていた受付嬢が、気を取り直したように言ってきた。
「そ、それではこのクエストをおこないますね?」
「ああ」
さっきからそう言ってる。
「では、目撃場所や生態などのデータを転送致します。後でご確認ください」
「分かった」
「また先程も述べましたが、これはフリークエストになります。こちらでは受諾手続きをおこないませんし、先に他の方が達成してしまっても責任や補償は出来ませんでご了承ください」
「分かった分かった。んじゃあな、行ってくる」
ひらひらと後ろ手を振りながら、俺はギルドを出る。さあて、狩りに行きますか。
巨大吸血コウモリ……ビッグブラッドバットは魔物の一種であり、通常のブラッドバットが巨大化した姿とされている。巨大化する原因には諸説あり、未だに特定には至っていないが。
攻撃方法は翼と一体化している手、及び足による爪と牙が主なものとなる。また獲物が遠距離にいる場合は、翼によって起こす風や真空波も攻撃手段として用いられることがある。
特に注意すべきなのは名前の由来ともなっている吸血攻撃であり、噛み付いた生物の血液を吸って自身の栄養とすることである。吸血した後は身体能力が一時的に増加する為、討伐するにしても逃走するにしても血を吸われないように気を付けるのが肝要である。
……ふむ、なるほろなるほろ。長方形の通信アイテムに転送されてきたデータを見ながら、俺は一人納得する。
いまは街を出て、そのコウモリが出るという森への野道を歩いていた。太陽は頭の上で輝いていて、午後の眠くなるような陽気を醸している。
野道の周りの草原には野兎などの野生動物がちらちらと動いており、また時折馬車や他の冒険者、物資を運ぶキャラバンなどが野道を行き来していた。
馬車か、いいねえ、馬車。俺も目的地まで馬車で迎えたら良かったんだが、あいにくとそれだけの持ち合わせがなかった。うん、さっきの弁償費用のせいで。
「……ま、それはともかく、データの続きっと」