その89 燻蒸剤
「あ、ジークさん、お帰りなさい」
「お、おう、ただいま」
そう言っている間も、ファラは近くを飛ぶ虫を正確無比なスリッパ捌きで叩き落としていた。普通にすげえ。つーか、もう、うん、すげえ。
「こちらは掃除はだいたい終わっていまして、後は怪物共の殲滅に注力している次第です」
「そ、そうか」
つーか手袋あったんだな。俺の視線に気付いたファラが言う。少し申し訳なさそうに、
「あ、この手袋はマイが出してくれたんです。もう……こういう特技があったなら言ってくれればいいのに……。ジークさんが買い出しに行くこともなかったですし」
ファラの知らないスキル特技だったらしい。マイが言ってくる。
「そこの殿方に貸すのは遠慮したかったので」
「マイっ!」
ファラが叱るように言うが、マイは涼しい顔をしていた。ファラがこちらに向くと、べーと舌を出してくるし。
それはそれとして、三人の討伐作業に恐怖したのか、さっきまでは我が物顔で辺りを駆け回っていた虫やねずみ達が、いまは暴れるように逃げ回っていた。
「おらぁっ!」
大家が声を上げながら、包丁を壁に突き刺した。何事かとびびったが、よく見ると包丁の切っ先に虫が突き刺さって六本の足を蠢かしていた。気持ち悪りー。
つか、大家も大家ですげーな。よくあんなことが出来るもんだ。色んな意味で。
マイが驚いて言った。
「ちょっと大家さんっ⁉ わたしの包丁ですよっ⁉」
「あ、悪りー悪りー。ま、洗えば大丈夫だろ」
「本当にもう……っ」
洗えばって……。そりゃ洗えば雑菌や汚れは落ちるかもだけど……気持ち的にはもう使いたくないなあ……。
あとその包丁って、もしかしてスキルで出した包丁か?
「それじゃあジークさん、お買いになった手袋をはめてください。一緒に怪物を倒しましょう」
格好良く言ってるけど、相手はねずみと虫だからな。
「あー、えっとな、実は雑貨屋で良いもん見つけてな」
「?」
ファラが首を傾げる。ねずみを捕まえていた大家とマイもこちらに振り向いていた。
「燻蒸剤だ。殺虫剤として使われているやつ」
「「「あ……」」」
というわけで、燻蒸剤で一気に退治することになった。有毒成分を含んだ煙を発生させるので、アパートの住人に少しの間部屋を離れるように伝えに行く。すると……。
「ついでに自分達の部屋もやってくれよ」
と申し出があった。大家のとこにいた奴らが勢力を伸ばしてたんだろうなあ。俺の部屋にもちょくちょく出てきてたし。
アパートの部屋は大家の部屋も含めて六部屋あったが、結局その全てで燻蒸剤を焚くことになった。燻蒸剤は複数個がセットになっていて、アパートの一部屋に一つずつ使えばなんとか足りそうだった。




