その88 プロの仕事人のように
大家は一瞬面倒くさそうな顔をしたが、頭をがしがしとかきながら。
「ちっ、しゃーねーなー。大事なもん捨てられても困るし、手伝ってやんよ」
何でちょっと上から目線なんだよ。あ、大家だった。
「いぎゃぁー⁉」
掃除をしていたマイがおぞましいものを見たように絶叫していた。いったい何を見たのか……いや、想像するのはやめておこう。
「ジークさん」
ファラが声を掛けてくる。なんか無駄に覚悟や決意を決めた顔つきをしてやがる。部屋を掃除するだけなのに。
「ジークさんはこの部屋に巣食う怪物共を退治してください」
ねずみと虫な。
「大丈夫です。ジークさんのパワーは最強ですから。怪物がどれだけいようとも駆逐出来ます。私はそう信じています」
え、素手で潰せってこと? え、マジで?
「おいおいちょっと待てよ。脳筋馬鹿のジークに潰させたらオレの部屋が滅茶苦茶になっちまうだろーが」
そうだそうだ、部屋がぶっ壊れてもいいのか! 脳筋馬鹿というのはこの際無視してやろう。
「だからこれを使え」
大家が出してきたのは、片方だけのスリッパだった。これを使えと⁉ しかもそこに転がってたやつだし!
ファラも言う。
「大家さん、軍手やゴム手袋とかもあれば貸してあげてください。素手で触るのはやっぱり……」
「ったく、しゃーねーなー。ほれよっ、ジーク」
大家が靴下を出してくる。これを手袋代わりに使えと⁉ これもやっぱりそこに落ちていたやつだし滅茶苦茶汚れてるし埃まみれだしなんか破けてるし!
「……手袋買ってくる」
いくらなんでも、この靴下を手にはめたくはない。
「おいこら、そう言って逃げる気だろ。そうはさせねえぞ」
「逃げねーよ! あんたと一緒にすんな!」
「誰が借金踏み倒して逃げてるくそ女だ!」
「そんなこと言ってねえ!」
まさかこの大家そんなことしてんのか⁉
「とにかく、近くの雑貨屋に行ってくる」
「分かりました。いってらっしゃい、ジークさん」
ファラが言ってくる。この場で信用してくれるのはファラだけなのか……。どこか恨めしそうな大家とマイの視線を背中に受けつつ、俺は近所の雑貨屋に向かうのだった。
そして約十五分後、俺は買い物を済ませてアパートの大家の部屋に戻ってきた。
「こんのぉー、えいえいえいえいっ」
「おらおらおらおらぁっ!」
「たっ、はっ、やぁっ」
なんか室内から声が聞こえてくる。玄関から覗いてみると、マイ、大家、ファラがそれぞれ手にスリッパを持って虫を叩き潰していた。
既に何十匹も退治して慣れたのか、あるいは感覚が麻痺しているのか、もはやファラもマイもさっきみたいに怖がっていたり悲鳴を上げたりしていない。プロの仕事人のように、ただただひたすら退治することに集中していた。




