その87 掃除しましょう! 徹底的に!
「むしろ何であんたは平気なんだよ? こんな部屋に住んでて」
「さっきも言っただろ、住めば都だってな。おらぁ!」
大家が拳を床に振り下ろした。ひっとマイが小さな悲鳴を漏らす。俺も一瞬びびったが、大家の手元をよく見ると、一匹の虫が潰れていた。うへー。
「よく素手で潰せるな、あんた」
「毎日顔を突き合わせてりゃ、嫌でもこうなるもんさ」
「いやならんだろ。掃除すりゃ済む話だし。あととりあえず手ぇ洗え」
「はいはい分かりましたよ。よっこらせっす」
おっさんみたいな言い方で危ないこと言うな。
大家は面倒くさそうに立ち上がると、俺達の横を通り過ぎて洗面所へと向かっていく。一応、気持ち悪いものに触れたという認識は残っているらしい。
「くそがっ!」
ばんっ、と洗面所の方で音がした。また出たらしい。毎日こんなことしてんのかあの女?
その時、ようやくのことで我に返ったらしいファラが声を上げて言った。
「掃除しましょう!」
「え?」「ほぁ?」
俺とマイ、及び、
「ん……?」
大家が洗面所から顔を覗かせながら声を漏らす。ファラは俺達に振り返って、勢い込んでもう一度言った。
「掃除しましょう! 徹底的に! マイ!」
「は、はいっ!」
マイがまるで兵士のように背筋を伸ばして直立する。
「掃除しますよ! 全力を出しなさい! この魔境を人が住める地に戻すのです!」
「さ、さー、いえっさーっ!」
マイが敬礼して、直後、さっき俺との戦いで使ったスキルの箒やらはたきやらを出して、せっせと忙しく動き始めた。
「私も手伝います。ごみ箱を貸してください!」
「お、お嬢様にお手伝いさせるわけには……っ」
「て つ だ い ま す!」
「は、はいっ!」
マイがスキルでごみ箱を出してファラに手渡す。何でも出てくるな、こいつのスキル。
「やれやれ、誰の部屋が魔境だって? いくら客でも失礼しちまうよな。な、ジーク?」
いつの間に手を洗い終えたのか、大家がそばに立っていた。
「いや魔境だろ。むしろ地獄だ」
「んだとぉ?」
つーか馴れ馴れしいな。
大家は溜め息を吐くと。
「嬢ちゃん達や、掃除してくれんのはありがてーんだけどよ、オレの私物まで勝手に捨てねーでくれよ?」
こんだけ汚ねー部屋なんだ、私物とごみの区別なんかつくのかよ。とか思っていると、ファラが大家に振り返って言った。
「でしたら、大家さんも手伝ってください」
「あぁん?」
「私達では大家さんの私物とごみの区別がつきませんから」
ファラの奴、はっきり言うなあ。この部屋の惨状を目の当たりにして、胆が据わったらしい。




