その86 ぞわわぁ
「いいからそこに座れ、そこだそこ」
麻雀卓に座りながら、その向かい側を指で示す大家。帰りてー。いますぐ帰りてー。足元や壁を何かが素早く横切っていって、身体中に鳥肌が立つ。ぞわわぁ。
その時、玄関のドアがこんこんとノックされた。恐る恐るといった声がしてくる。
「あの、ファラです。こちらにジークさんがお邪魔していると、執事から聞いたのですが……」
おお、女神様!
「ファラ! ここだ! 俺はここにいるぞ! 助けてくれ!」
「え⁉ ジークさん⁉ どうしたんですか⁉」
「いいから入ってきてくれ! 鍵なら開いてる!」
大家が怒鳴ってくる。
「おい! オレは許可してねーぞ!」
「うるせー! てめーが鍵掛けなかったのが悪りーんだよ!」
「勝手に入る方が悪りーに決まってんだろ! 泥棒がそーだろーが!」
「うるせー! てめーのわがままに付き合ってるだけマシだと思え!」
ドアの向こうのファラがおずおずと。
「あ、あのぅ、お邪魔でしたら私は……」
「邪魔じゃない! いいから入ってきてくれ!」
何か黒っぽいものが足元を横切る中、俺は慌てて玄関まで行き、勢いよくドアを開ける。日陰になっていて暗かったのだが、俺には目の前に立つファラに後光が差しているように見えた。
ああ、女神はいたんだ……。
思わずひざまずいて女神様にお祈りしたい気持ちになってしまった。
「あ、あのぅ……?」
何故俺が感動しているのか分からないファラ。彼女のそばにはマイの姿もあり、いきなり現れた俺にびっくりしていた。
はっと俺は我に返り、二人を室内に案内する。
「ささっ、どうぞどうぞ。狭苦しくて汚いところですが」
「「はあ……」」「誰の部屋が狭苦しくて汚いところだ!」
足の踏み場もないような室内に二人は目を丸くしていた。と、そこで黒い奴が天井からマイの目の前に落ちてくる。幸い直撃することはなかったものの、足元を這い回るそいつを見て。
「ぎゃあっ⁉」
マイは聞いたことのないような悲鳴を上げて、
「……っ⁉」
ファラもまた石像になったように硬直した。よほど衝撃的だったのだろう、白眼まで剥いてやがる。
「お、おい、大丈夫か二人とも」
さっきの戦いの闘志はどこへやら、マイはファラの足に小動物のようにしがみついてぶるぶるしているし、ファラに至っては呼吸を忘れたように微動だにしていない。マジで大丈夫か?
「かっかっかっ、なんて顔してやがる二人とも」
笑い声を上げたのは大家だ。胸の谷間が見えるラフなシャツと短パンを着て、立てた片膝に腕を置きながらにこやかに笑っている。ぼさぼさの長い金髪で見た目は女なのに、言動や行動は完全におっさんのそれだった。




