その84 まるで魔王のよう
ファラがこちらへと駆け寄ってきて、俺へと心配そうな声を掛けてくる。
「大丈夫でしたかジークさん⁉ お怪我はありませんか⁉」
「ああ、まあ、俺なら大丈夫だが……」
「良かった……って手怪我してるじゃないですか⁉」
大家の飛ばしてきた金でついた切り傷だ。
「いやこれはそいつのせいじゃなくて……」
「とにかく手当てしないとっ。救急箱持ってきてください!」
ファラが馬車のそばに控えていた執事に言って、執事が馬車から救急箱を持って小走りでやってくる。ファラはそれを受け取ると、手慣れた様子で俺の怪我の手当てを始めた。
その間、執事並びにメイド少女は静かに手当てが終わるのを待っていた。少女に至っては、決まり悪そうに手の指をもじもじさせていたが。
そして手当てが終わり……。
「終わりました。他に怪我はありませんか?」
「いやもう大丈夫だ」
「良かった……」
ファラが胸を撫で下ろして安堵する。その顔も雰囲気もいつも通りの彼女で、さっきの怒りは感じない。そばに来ていた執事に救急箱を返す姿は、普通のお嬢様のようだ。
かと思いきや、ファラがメイド少女に向いた。そこにはさっきの怒りが復活していた。
「マイ」
「は、はい……!」
ファラの声音は一オクターブほど低く、まるで魔王のようだ。いや失礼。
嵐の前の静けさにも似たその声に、少女は姿勢正しく直立していた。目はあらぬ方を向いていて、顔からはだらだらと冷や汗を流している。
「他に誰か傷付けたり巻き添えにした方はいませんよね?」
「え、えーっとぉー……」
少女の目が泳ぐ。ファラの目に険しさが増す。
「いるんですか⁉」
「あ、あのですね……」
ファラがこっちを向いた。
「ジークさん……⁉」
「お、おう……⁉」
「彼女、他に誰か巻き込んだんですか⁉」
「あー……」
怒りは俺には向いていないとはいえ、ちょっとだけ同情しなくもない。まあ少女のせいでこうなったし、俺も被害を受けたわけだから擁護するつもりはないが。
「とりあえず、俺ん家のアパートの大家がぶちギレてたな。あと他の住人にも騒音で迷惑掛けてたな」
あー、いや、大家がぶちギレてたのは何故か俺だったな。何でだよ。
俺の言葉を聞いた直後、ファラが少女に振り返った。早っ。
「マイ! すぐに謝りに行きますよ! ほら早く!」
ファラが少女の腕を引っ張って、ずんずんと道を進んでいく。
「お、お嬢様⁉ い、痛いです!」
「これくらい我慢しなさい! 迷惑掛けたんだから! ……あ」
何かを思い出したように、ファラが少女を連れてこっちに戻ってきた。




