その6 貴方自身から
女は気を取り直したように。
「あ、貴方の名前は確かに他の方から聞きました。けれど、私は貴方自身から伺いたいのです。名字も知りたいですし」
……面倒くせえな。別にいいだろ名字なんて。
とか思っていたらさっきのウエイトレスがギロリと睨んできた。それくらい教えてあげなさいよと言わんばかりに。聞き耳を立てていたらしい。
また盆で殴られたら堪らない。が、とりあえず俺は女に答える。
「べ、別によくないですか? 名字なんて。また会うかも分からないんですし」
女は見るからにがっかりしたように肩を落としながら。
「……そ、そうですよね……私のせいでこうなってしまったのですから、もし次に会うことがあったら窓の代金をお支払いしたいと思ったのですが……いまは持ち合わせがないので……」
「俺はジークと申します。ジーク=フニールです。今後ともよろしくお願いします、オータムさん」
「え、は、はあ……」
ガシッとファラの手を両手で握りながら自己紹介する。いやあ良い人だなあファラは。実は今月厳しかったんだよ。
とかそんなことを思っていたらウエイトレスが向こうから口を挟んできた。
「ファラさん、お金なんてあげる必要ないですよ。あれはその人がやったことなんですから」
こらっ、そんなこと言っちゃいけない! 俺が彼女を睨むと彼女は素知らぬ顔で。
「あと窓だけじゃなくて、砂糖瓶も一つ割ってますからね。それも請求しますんで」
そしてベー! と舌を出す。おーのー!
がっくりと俺が首をうなだれさせた時、しかしファラは俺を庇うようにウエイトレスに言ってくれた。
「で、ですがルーマさん、もしジークさんがここで彼と喧嘩してしまっていたら、この程度では済まなかったんだと思います。彼は強いですし、その彼に勝ったジークさんも強い筈ですから、いま以上にお店が壊れていたでしょうから」
「……それは、そうかもですけど……」
……へえ……。意外と分かってるんだな。ただのお金持ちの貴族のお嬢様だと思っていたが。
ファラに説得された様子のウエイトレス……ルーマはジロリと俺に顔を向ける。未だファラの手を握ったままの両手を見咎めて。
「いい加減離したらどうですか? セクハラで訴えられたいんですか?」
「おっと、こりゃ失礼」
俺は慌てて手を離す。これ以上訴えられたら破産しちまう。初対面の男に触られて内心驚いていたのだろう、ファラは自分の手をジッと見つめていた。
その後、俺達はとりとめもない会話を交わした。やがて俺がコーヒーを飲み終わったのを合図とするように会話を中断して、その日はそれでお開きとなった。