その2 不可抗力
男が睨んでくる。おー怖い怖い。
「何のことですか? 俺はここでコーヒーを飲んでいただけですよ」
「とぼけるな! コーヒーなんてないだろうが!」
あ。まだ届いてなかった。
「何のことですか? 俺はここでボーッとしてただけですよ」
「まだしらばっくれるつもりか……!」
男の額に青筋が浮かんでいく。本気で怒っているらしい。
「外に出ろ! 決闘だ! 二度とこんな真似が出来ないようにしてやる!」
「やれやれ。そんなことするわけないでしょう?」
「何だと⁉ ははあ、さては怖いんだな、僕に負けるのが」
はあ……? 聞いてもいないのに男は言い始めた。
「当たり前だよな。僕は名門ディスカ家の嫡男、アルド=ディスカなんだからな。幼い頃から武術や学問を習い、ギルドの登録ランクはAプラスランク。君みたいなみすぼらしい底辺の冒険者なんて片手で潰せるんだからな」
「……はあ……」
俺は半ば呆れる。割と長い自己紹介だったなあ。
「でもそれ、実際に魔物とかと戦ったりクエストを受けたりしてませんよね?」
「フン、だから何だ? 低レベルの奴らなんか倒したところで何にもならない。ただ疲れるだけだ! 僕は無駄なことが嫌いなんだよ! そこの奴らと同じでな!」
…………。
「なら、俺のことも見逃してくれませんかねえ。俺のランクもスキルレベルも低いんで」
「馬鹿も休み休み言え。この僕を虚仮にするその態度、このまま見逃すわけないだろう! お前はこのAプラスランクの僕の手でブッ潰す!」
ちょくちょく言葉遣いが荒くなる奴だな。そっちが本性ってわけか?
「……やれやれ」
俺は立ち上がる。
「フン、やっと決闘する気に」
「んじゃっ、さいならっ」
俺はすぐそばの、通りに面したデカイ窓ガラスへと飛び込むと、甲高い音を響かせて割って外に出る。
「なっ⁉」
意表を突かれた男の声とびっくりする他の人達を後にして、俺は道を駆け出していく。
「待て! 逃がすか!」
割れた窓を乗り越えて、男が追いかけてくる。あんだけご立派な自己紹介をするだけはあり、それなりに走るスピードは速かった。
男は上着の内ポケットから長剣を引き抜いた。上着がサポートアイテムの一種であり、収納出来ていたんだろう。
「『剣聖』スキルを持つ僕から逃げられると思っているのか! 『飛空斬』!」
男が剣を振るって、斬撃波が飛んでくる。その狙いは俺の頭を正確に捉えており、確かに剣術の腕は一流だと分かる。
「おっと、危ねえ」
「何⁉」
だからこそ、避けるのは容易かった。確かにスピードは速いし斬れ味も鋭そうだが、狙いが正確過ぎる。まだそれなりに距離がある状態でそんなの使っても、当たるわけがない。
しかし代わりに、その斬撃波は道端の肉屋の看板に当たり、粉々に破壊していった。肉屋のおっさんが文句を言ってくる。
「てめえっ、またかジーク! いい加減にしやがれ!」
「不可抗力だ! 文句ならあの貴族様に言え!」
どうしていつも俺のせいになるんだよ! そんな文句を思っていると、男が再び剣を構えた。またあの斬撃波を放つつもりらしい。
「おいこら他の奴を巻き添えにしてもいいのかよ!」
「僕のプライドより優先されることなど存在しない!」
ああそうかい! そんなに言うならよ! とにかくここは人が多い、どこか……!
そこで俺は急ブレーキをして、男へと逆に迫っていく。男もまた急停止して身構えた。
「フン。ようやく僕にブッ潰される気になったようだな。一瞬でケリをつけてやる!」
男が剣を振り下ろしてくる。縦の一閃。だから真っ直ぐ過ぎるんだよ。稽古で習った剣術をそのまま振るっているだけだと分かってしまう。
それを横に避ける。剣先が腕のそばを通り過ぎて地面へと亀裂を作るのと同時に、俺は身体を回転させて男の脇腹に蹴りを叩き込んだ。
「グフゥ……⁉」
男の身体が横側に吹き飛び、誰もいない自然公園の木の一つにぶつかる。衝撃音を立てながら地面へと落ちる男。
俺もまた地面を蹴って、飛ぶように自然公園の中、男の前へと向かった。いまので気絶してくれていればいいが、一応念の為だ。