その18 平穏無事なほうが良いに決まってる
ファラは頭を下げた。
「だからお願いしますジークさん。私の家族に会って、私が冒険者になることを説得してください!」
いやいやいやいや、待て待て待て待て。どうしてこうなった⁉
「そもそもファラさん、さっきも言ったように冒険者ってのは凄え危険で、普通の人じゃ無理なんですよ。滅茶苦茶鍛えて、武術も出来ないと」
ファラは頭を上げて答える。
「それなら心配ありません。元婚約者の彼やジークさん程ではありませんが、私も護身術を習っていましたから、それなりには強いと思います」
「いや、しかし……」
「幼い頃に受けたスキル鑑定では『弓矢』のスキルでしたし、弓道も習っています。他にも茶道や華道、書道にお裁縫、料理も子供の頃から……」
「いやそれ花嫁修業! 冒険者関係ねえし!」
「こう見えて筋トレも家族に隠れてしてるんですよ。見てくださいこの立派な力こぶを」
ファラは袖を捲って腕に力を込める。……うん……なんか気持ち程度の力こぶが出たような出てないような、気がするような気がしないような……。
ファラはもう一度頭を下げた。
「お願いしますジークさん! 私本気なんです!」
「いやそう言われましてもね……」
なおも俺が苦言を呈そうとすると、ウエイトレスが横から口を挟んできた。
「ファラさん、こう言えばいいんですよ。『一緒に冒険してくれないのなら、お店の請求額の立て替えはなしです』って」
「……え……」
「そうすれば、その金の亡者のことだから絶対に引き受けますよ」
「…………」
ウエイトレスのことを見ていたファラがこちらに顔を向ける。あの野郎……。
いいだろう、そっちがその気なら。
「言っとくがなファラさん、俺は確かに金が好きだが、だからといって人の命を天秤に掛けるつもりはない」
「…………っ」
ファラが息を飲む。彼女だけではなくウエイトレスもまた目を丸くしていた。
「立て替えをする気がないなら、別にそれでいいさ。最初から俺が壊した窓で、俺が払うのが道理だったんだ。元の木阿弥に戻っただけなんだからな」
「……っ」
「幸い、金なら昨日のクエストでたんまりと入ってる。心配はいらない。あんたからの金を放棄するだけで、あんたを危険から遠ざけられるなら安いもんだ」
俺は席から立ち上がる。注文したコーヒーはまだ来ていないが、そんなの関係ねえ。俺は店の入口へと向かっていく。
そんな俺の背中に声が掛かる。ファラの声だ。
「ま、待ってください……っ」
いいや、待たないね。危険に遭わなくてもいいなら、それに越したことはないんだ。人生は平穏無事なほうが良いに決まってるんだから。