その16 ほっとけ。
俺はファラの方へと振り向く。
「ジークさんはいつもこちらにいらっしゃるんですか……っ?」
「え? ええ、まあ。最近はそうですね。午前のクエストが終わった後の休憩に」
これまでは別の店にも寄っていたんだが、そこが出禁になっちまったからなあ。まあファラには言っても仕方ねえけど。
「こ、コーヒーが好きなんですねっ、ジークさんは……っ」
待ち合わせの人が来るまで暇だから、こうして話し掛けてきているのだろう。なんか少し緊張しているみたいだし、別に無理しなくてもいいと思うけどなあ。
「わ、私も結構好きなんですよ。家族は紅茶派なんですけど……っ」
「はあ……」
聞いてもいないのに言ってくる。俺は確かにコーヒーが好きな方ではあるが、どっちかというと好きだから飲むというよりは、午後のクエストで眠くならないようにする為に飲むという理由の方が強い。
……が、そんなことを言える機会を失ってしまった感じがする。俺は話題を変えた。
「それにしても遅いですねえ」
「え? コーヒーがですか? でももうすぐだと……」
「ああ、いえいえ、そっちじゃなくて。貴方の待ち合わせ相手ですよ」
「へ……?」
ファラは口をポカンとした。予想してなかった言葉らしい。
「だってお昼からずっと待ってるんでしょう? いくらなんでも遅すぎませんか? もしかして来る途中で事故に遭っているのかも」
「…………」
ファラが黙り込んだ。聞き耳を立てていたらしいウエイトレスと店長も、こちらをちらりと見てきた。あれ? 俺何か変なこと言ったか?
「じ、実はですね……っ」
ファラが改まった様子で言ってくる。さっきよりも更に緊張しているのか、耳の先を赤くしていた。
「私が待っていたのは、その、じ、ジークさんなんです……っ」
「え、俺……?」
思いがけず不意を突かれて、俺は少しく驚いてしまう。
「は、はい、実はジークさんにお話があって……」
「ちょ、ちょっと待った……っ」
「へ……?」
俺は慌てた。
「ま、まさか弁償費用の立て替えはやっぱりなしって話ですか……⁉」
それはちょっと困る。いや俺が割ったんだからしょうがないといえばそうなんだけど。
「あ、いえ、その話なら心配なさらないでください。約束は守りますので」
「ほっ、良かった……」
俺は胸を撫で下ろした。
がんがんがんがん。俺の座っているカウンター席の、床と繋がってる金属の棒の部分をウエイトレスが蹴りつけてくる。なんかムカついてるらしい。
「あの? 何か?」
「いえ。ちっちゃい殿方だなと思いまして」
「…………」
ほっとけ。