その138 ……カツーン……カツーン……カツーン……
俺はじゃぶんと瓶を泉水のなかに沈める。瓶が水で満たされるのに一秒、その瓶を引き上げてキャップを閉めるのに二秒、そして瓶を収納アイテムのなかに放り込んだとき……それは聞こえてきた。
……カツーン……カツーン……カツーン……。
「「……っ……⁉」」
俺達は一瞬視線を交わして、また前を……音が聞こえてきたほう、俺達がさっきやってきたほうを向く。
……カツーン……カツーン……。
音はなおも聞こえてくる。固いものをぶつけるような音……何かしらの金属の先端を別の何かにぶつけるような音……。
その何者かに聞かれないように、俺は小声でファラに言う。
「……ファラ、そこの岩の陰に隠れろ。俺が合図するまで攻撃するなよ」
「…………」
ファラがうなずいて、泉の光が届かない岩の陰に身を潜める。持っていたランタンの明かりも消し、彼女の姿は完全な闇のなかに隠れた。
……カツーン……カツーン……。
俺は立ち上がり、臨戦体勢を取る。相手が魔物か、それとも人間かは分からない。だがこの異様な雰囲気と威圧感は、明らかに強力な手練れであることを示していた。
音は着実に近付いてきている。願わくば、そいつが敵対者でないことを祈りたいが……難しいだろうなと直感で察していた。
……カツーン……カツーン……カツ。
音が止まった。俺の視界の先、エメラルドグリーンの泉水の光に浮かび上がるなか、そいつは姿を現した。
「…………」
「…………」
俺とそいつは、両者互いに無言で対峙する。
そいつは全身を覆い隠すほどのマントもしくはコートを羽織り、頭にはフードを被っていて顔は判別出来ない。だらんと下げている右手には長剣が握られていて、その剣先は地面に接していた。
さっきからしていたあの音は、あの剣先が地面に当たって響いていた音だったわけだ。あの音の間隔からして、奴はゆっくりと歩いて、剣を引きずるようにしてここまで来たらしい。
ふと俺は気付く。その剣身には赤黒い液体が付着していて、地面に接している剣先から流れて小さな溜まりを作っていた。
直感する。あれはこの洞窟内にいた魔物の血だ。奴はあの長剣一本で大量の魔物を斬り倒し、そしてそれ故にさっきまでいた魔物達はいなくなっていたんだ。
「……おめーは誰だ? もしかしておめーもこの泉の水を汲みに来たのか?」
とりあえず俺は言葉をかける。奴の放つ異様な雰囲気は、明らかにそれでないことを示していた……が、それを分かった上での呼びかけだ。
奴がどんな反応を示すかで、おおよそのところは分かるかもしれない。正体や目的など……あり得ないとは思うが、万に一つ、実は良い奴だって可能性もなくは……ないかもしれない。
「…………」
一拍の間。俺の言葉を吟味するかのような、声が脳裏に浸透し理解していくような、間。そして奴が返した反応は。
「ギャハハハハアヒャヒャヒャヒャキヒヒヒヒ!」
……決まりだ、確定した。奴は、敵だ。