その137 異様
「気になる、か……まあ、確かにそうかもな。俺が気になったのは、この水の用途について、クエストの詳細や備考で触れられていなかったことだ」
クエストの説明では、ただ単に洞窟奥の泉の水を採集することだけを指示されていた。それ以外のことは特に書かれてもいなかったし、言われもしなかった。
「……わざわざ言うほどのことじゃなかったから、とかは……?」
「まあ、そうかもな。別にクエスト受注者に全てを話さなくちゃならないわけじゃねえし。ギルドも犯罪絡みじゃないように、最低限の調査はしているだろうし」
「……この前みたいなことはありましたけど……」
「まーな」
俺は苦笑する。ギルドを擁護するわけじゃねえが、あれはあの依頼自体には問題がないと判断されたからだろう。
「一応、レノには同じことが起きないようには言っといたがな。あいつもまた銀行強盗退治に駆り出されるのは嫌だろうし」
「……ジークさんは、このクエストもそういう裏があるかもと考えているんですか?」
「…………」
俺は一度黙る。黙ってファラのほうを見る。そして口を開く。
「確たる証拠がないのに勝手なことは言えねえけどな。汲んだ水を何に使うかくらいは書いてもいいんじゃねーか……そう思っただけさ」
魔物避けのアイテムを作るために泉水を汲む……それは別に犯罪でもないし、やましいことでもない。あるいは単に担当者が書き忘れただけの可能性だって、もちろんある。
そうこうしているうちに二本目の瓶が満タンになる。依頼された量は瓶三本分、俺は二本目をしまって三本目を取り出した。
「これが終わったら帰るぞ。帰還の準備をしとけ。あっちにうようよ待ってる魔物を討伐しながら帰らなきゃならねえからな」
「はい、そうですね……あれ?」
「どうした?」
「魔物が……」
ファラが、俺達がやってきたほうを指で示す。そこには相変わらず大量の魔物がたむろしている……そのはずだった。しかし、いったいどこに雲隠れしたのか、さっきまで確かにいたはずの奴らは影も形もなくなっていた。
「魔物が、消えた……?」
「いったいどこに行ったんでしょう……?」
さっきまでのファラとの会話の間にいなくなっていたらしい。
「いついなくなったのか、ジークさんは気付きましたか?」
「すまん……万が一の襲撃に備えて俺達の周囲には警戒してたが、遠くの奴らは放置してた。自分達の周りを警戒しているのが都合が良いからな」
「私も気付きませんでした……ジークさんとの話に気が向いていたので……」
俺達の間に異様な空気感が漂う。俺はファラに言った。
「ファラ、周囲を警戒しろ。いますぐ水を汲み終えて、即座にこの場を離脱するぞ」
「はい……!」