その131 いま逃げるわけには
岩に到着して、俺は岩のそばにケージを置く。アルミラージは相変わらずおとなしくしていた。
俺は振り返りながら。
「んじゃ、狩りを続けるか。とりあえず最低数の一匹は捕まえたが、出来れば依頼数はちゃんとこなしたいからな」
「あの、ジークさん……」
「なんだ?」
「もし可能ならでいいんですけど……なるべく生け捕りにしていきませんか? 殺すのではなくて……」
「…………」
俺は思わず彼女を見つめてしまう。素材収集の狩りのクエストなのにそんなことを言うのはおかしいと思っているのだろう、ファラは気まずそうにしていた。
「……あー……」
ややあって、俺は頭の後ろに手を当てながら、ファラへと口を開く。
「とりあえず、理由を聞こうか?」
「それは、その……」
ファラは言いにくそうに口ごもる。やはり、そうか……まあ、ファラは初めてだしな……。
「自分の手で殺すのが可哀想だから、か?」
「……っ」
どうやら図星みたいだな。
彼女を諭すように、俺は言う。
「ファラ……ファラは優しいから、そう言いたくなる気持ちも分かる。だが、いま生け捕りにしようが、結局はあとで屠殺されるんだぞ。素材や食肉を採取するために」
「それは……分かっているつもりです……」
「牛や豚や鶏と同じだ。自分がやらなくても、他の誰かがやる。ファラが言っていることは、むしろ自分がやるべきことを他人に押しつけているようにも聞こえるぞ」
「……っ」
ファラがはっとする。俺は続ける。
「はっきり言って、それは偽善と変わらないと俺は思う。あくまで俺ならだが、俺なら、誰かにやらせるくらいなら、自分でやるぞ」
「え……」
「これは俺達が受けたクエストだからな。依頼者の注文や期待には可能な限り応える……それが依頼を受けた側の責任だと思うし、その責任を果たすことが、今後の依頼にもつながっていくからだ」
依頼者の注文や期待に見事応えることが出来れば、その依頼者やギルドからの信用度が高くなる。そうすれば、その依頼者から直々に指名されてクエストを受けられたり、ギルドから条件の良いクエストを紹介されたりする。
今日の昼間に、レノが俺達に下水道の調査を直接依頼してきたのだって、あいつが俺達のことを信用していたからだ。その信用に応えるのが、冒険者としての務めだと俺は思っている。
だがしかし。
「だけど、ファラはまだ初心者だし、魔物が相手とはいえ自分の手で殺したくないという気持ちは分かる。だから、今回は……」
「いえ、その、すみませんでした……」
ファラが謝ってくる。ん……?
「そう、ですよね……冒険者として活動する以上、たとえ相手が魔物でも、素材収集の依頼を受けた以上、その命を奪うことも含めてクエストなんですから……」
「それはその通りだが」
「だったら、私はその覚悟を持って魔物と対峙するべきです。ここでいま逃げたら、ジークさんの優しさに甘えてしまったら、私はずっと冒険者として成長出来ないままなんですから」
「ファラ……」
「いずれはやらなければいけないことなら、いま逃げるわけにはいきません。狩りましょうジークさん、難しくて大変で時間もかかる生け捕りではなく、ちゃんとした『狩り』をしましょう」
「……出来るのか?」
「出来ます。やります。思えば、大家さんの部屋で虫やネズミをたくさん退治していたんですから、理屈としてはそれと同じはずです」
虫とネズミ、そしてアルミラージ。身体の大きさや受ける印象は異なるが、命を持つ生き物という点では同じだ。
部屋を綺麗にするために有害な虫やネズミを退治したことと、素材や食料を確保するためにアルミラージを狩ること。命を奪うという点では同じであり、俺達は俺達の生活のためにそいつらを殺していく。
虫もネズミも、アルミラージも魔物も、そして牛や豚や鶏も、その他多くの生き物は、人間の生活を支えるためにその命を犠牲にしている。
俺達人間は、そのことを理解して、犠牲にしている生き物達に感謝しながら生きていかなくちゃいけないのかもしれないな。
そう考えた自分に……俺は無意識に頭をかいていた。
「……俺もしょせんは偽善者だったってわけだ……」
他の生き物に感謝しながら生きるとか、そんなよく聞くようなありふれた台詞を、俺自身が思っちまうとはな。