その124 私は
「分からないんだ。俺はずっと、冒険者としてファラと接してきた。パーティーを組んだ仲間として、ファラと過ごしてきた」
ファラはあくまでパーティーの仲間であり、それ以上でも以下でもないと思ってきた。いや、思おうとしてきた。
「冒険者として活動する以上、いずれは別れることになっちまう。別の目的が出来たとか、修復不可能なくらいの大喧嘩をしたりとか……あるいは魔物や犯罪者との戦いで死んじまったりとか」
「……っ」
ファラの顔に再び緊張が走る。俺か自分、どちらかが戦死した姿を想像したのかもしれない。
「だから、俺はあくまでファラのことは冒険者として、語弊を恐れないならビジネスパートナーとして接してきた。たとえこの先、何かしらの理由で別れることになったとしても、すっぱり諦められるように、割り切れるように」
自分の気持ちにセーフティーを掛けて、もしファラがいなくなったとしても精神的なダメージが少なくなるように、ブレーキを掛けてきた。彼女と必要以上に親しくならないようにしてきた。
「だから……俺は、俺自身の気持ちが分からないんだ。俺は、ファラのことをどう思っているのか分からないんだ。……あほすぎることにな」
「…………」
ファラは真面目な顔を崩さない。だが、内心は違うに決まっている、こんなあほすぎる俺のことを見て、俺なんかに呆れ果てているに決まっている。
俺自身が、こんなあほな俺自身に呆れているのだから。呆れない奴がいるわけがない。
彼女と視線を交わすことに、顔を見続けることに耐えられなくなって、俺はまた顔を逸らそうとする。そんな俺に、彼女は口を開いて。
「……ジークさん、私は……」
何かを言い掛けた、そのとき。
「お、いたいたー、よっほー、元気ぃー?」
俺の背後からレノの声が聞こえてきた。振り返ると、暗い下水道の向こうにちらほらと照明アイテムの明かりが見える。
いまこのタイミングで到着したようだ。果たしてこれはグッドタイミングなのか、バッドタイミングなのか、俺には分からない。
ファラと向かい合って緊張した時間をなくすことは出来るが、その代わり、彼女が言おうとしたことは聞けなかった。聞くことは正直怖いが、しかし聞きたかった気持ちもある……。
本当に俺という馬鹿野郎は、昔よりはマシになったと思っていたのに、相変わらずの馬鹿野郎らしい。
「いやー、それにしても良かった良かった、もしかしてお楽しみの真っ最中だったらどうしようかと。まあ無事で何よりだねー」
「……心配することがおかしいだろ」
無事であることだけを心配しろよ。
「まーまー、それがあたしゃのキャラだし?」
「なんだそりゃ」
「それよりぃ、件のシャケちゃんとやらはどこだい? せっかく捕獲用の網とかケースとか持ってきたんだからねー」
「あそこだ。元気に泳ぎ回ってるよ」
俺が親指で示すと、シャケはぼちゃんと水上へと一度跳ねた。まるで自分はここにいるぞと主張するように。
「お、あそこだね。よっし、やろーども捕まえるぞぉ!」
レノが掛け声を発すると、後ろにいた奴ら……ギルドの職員とかさっき見た下水道の業者とかが、収納アイテムから捕獲用の網やらケースやらを取り出して、ぼちゃぼちゃとシャケのいる区画へと足を踏み入れていく。
レノは入っていってねーけど。
「お前は行かねえのかよ?」
「わーしは照明係。作業服も着てこなかったし」
「……相変わらず、人ばっか使う奴だな」
「あっしのスキルを忘れたのかい? 裏で糸を引くのは得意なんだよぉ」
「どや顔やめろ」
全然上手くねえんだよ。
レノは俺の肩に腕を置くと、にやにやといやらしく笑みながら。
「それとも別の場所から糸を引いてほしいのかなぁ? こんのえろすけがぁ」
「そこ下水で汚れてるぞ」
「うんぎゃー」
俺が自分の肩を示しながら言うと、レノは超絶久しぶりに慌てふためいた。ざまー。
踊るようにテンパっているレノの横を通って、俺は元来た道を出入口へと向かって歩き出す。
「んじゃ、あとは任せた。報酬は銀行口座に振り込んどけよ」
「あ、おいぃ、どこに行くんだよぉ」
「帰るんだよ。シャワーと洗濯もしなくちゃなんねーし」
幸いにも、ここは俺ん家の近くだ。すぐに帰れるのはありがたい。
「せっかちだねぇ。おや、ファラちゃんは帰らないのかい?」
「……私は……あのシャケの様子を見届けてからにします」
「責任感があってえらいねぇ。どこぞの脳筋馬鹿とは大違いだ」
聞こえてんぞ。
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