その122 情けねー
ファラは真面目な顔であり、冗談を言って場をはぐらかすことは出来そうにない。物理的に走って逃げることは出来るが、それもあまり意味はないかもしれない。
彼女とパーティーを組んでいる以上、いずれは顔を合わせることになり、そのときにまた問い詰められるだけだ。逃げることや誤魔化すことは、根本的な解決にはならない。
いまの俺は、精神的な意味で逃げ場がなくなっていた。
「……参ったな……」
無意識のうちに、俺はぽりぽりと頭をかいていた。すぐあとに、下水で汚れた手だったことに気付いたが、まあもう遅い。地上に戻ったときにシャワーを浴びればいい話だ。
「いつ気付いたんだ? 俺が全部正直に話していたわけじゃないことに」
「……実は、ギルドでジークさんが話し終えたときには、もう……」
「……ほとんど最初からかよ」
しかし、考えてみればそれもそうか。レノだって最初から気付いていたわけだ。だからこそ、レノがこのクエストを提案し、ファラが承諾して、渋っていた俺を説得したのだから。
「つまり俺は、まんまと二人の策にはまったってわけだ。事実を全部聞き出すためにな」
そこでファラは少しだけ慌てたように。
「あ、でも、私がこの街のために下水道を調べたいという気持ちに偽りはありません。たとえジークさんとマイのことがなかったとしても、私はこのクエストを受けました」
街を守りたいと言っていたファラの言葉や顔に、嘘偽りがないことは、俺自身がよく分かっているつもりだ。
「訂正しなくても、分かってるさ。あのときのファラは、確かに街の平和を願う奴の顔をしていたからな」
「…………、ジークさんには勘違いしてほしくなかったんですけど、大丈夫だったってことですね……」
「まあ、そうなるな」
ファラは少し顔をうつむける。暗くてよく分からないが、照れているのかもしれない。
そんな彼女の様子に気付かないふりをして、俺は言う。
「一応、確認しておくんだが、話さなくちゃ駄目か? 昨夜、マイに言われたこと」
ファラは顔を上げた。
「……どうしても話したくないことなんですか……?」
「……あ、いや、その……」
俺は思わず目線を逸らしてしまった。いまの俺の確認の言葉によって、昨夜マイとの間にあったこととは、『マイに何か言われたこと』だとバラしてしまったというのに。
「…………」
「…………」
気まずく俺が黙り込んでしまったせいで、ファラもまた気まずく口を閉ざしてしまう。
いまの俺に残された手段はいくつかあるだろう。その一つとして、レノ達が到着するまでこのまましらを切り続けることも出来る。また本当のことではなく、嘘をつくということも出来る。
俺にとって都合の良い嘘を。
「……はあ、情けねーな、結局は俺は、いまだに逃げて誤魔化そうとしているだけじゃねーか」
「え……?」
何故そうするのか? 考えてみれば簡単だった。俺は現状が変わることを恐れていたんだ。
ファラとパーティーを組み、冒険者として色々なクエストをこなして、日々をなんとか過ごしていく。そんな当たり障りのない毎日が、変わってしまうことを恐れていただけなんだ。
自分に対する馬鹿デカイ溜め息を一つ吐き出すと、俺は改めてファラのほうを向いた。
「あの、ジークさん……?」
「俺は昨日の夜、コアトルとの戦いが終わったあとで、マイに言われたんだ。『お嬢様のことをどう思っているのか?』ってな」
「……っ⁉」
予想外だったのか、ファラはびっくりした顔をする。ファラとしては、また俺とマイが喧嘩したとか、マイが俺に迷惑を掛けたとか、そんなことを想像していたのかもしれない。
「俺の答えは二つあった」
「ふ、ふたつ……?」
「ああ、冒険者としての答えと、俺個人としての答えだ」
「…………」
ごくりと、ファラの華奢な喉が上下するのが分かった。彼女も緊張し始めたらしい。