その120 レノに連絡
俺は跳ねる水を避けながら、地面でびちびち動くシャケへと近付いていく。まだ生きてはいるが、心なしかさっきよりも動きにキレがなくなっている気がする。
弱っているんだろう。早いとこ水のなかに戻してやんねえと。下水だけど……。
「ジークさん! 出来ました!」
「よし。そんじゃあ、シャケを入れるぞ」
「はい!」
下水に濡れているシャケに触るから汚れちまうが、まあこの際仕方がない。つーか結局汚れちまったな。一応ビニール手袋は付けてるけども。俺はシャケを両腕で抱えると、ファラが仕切った区画のなかにリリースした。
ふむ、暗くて分かりにくいが、水中をシャケが泳いでいるのが辛うじて見える。水を得た魚とはまさにこのことか、シャケは元気を取り戻したように泳いでいた。
俺は再び助走をつけて、ファラがいる岸へと戻ってくる。今度は距離感が分かっていたので、危なげなく余裕を持って跳び移れた。
「水中に戻せたんですね」
「ああ」
さっきからの緊張が解けたのだろう、俺達はどちらからともなく小さく笑んでいた。……と、そこで俺は思い出す。
「おっと、一応レノに連絡しておくか。通信アイテムで」
「下水道のなかでも通じるでしょうか?」
「たぶん大丈夫だろ、離れすぎていなければ。……通信、起動、通信先はレノ」
俺は左手首に巻いた、腕時計機能もある通信アイテムに告げる。直接触れることでも起動出来るが、汚れちまうからな……あ、いや、どっちにしろもう汚れてるか。
『やあやあ、ジークかい? どう、そっちの様子は? いた? 魔物』
相変わらずお気楽そうな声だな。
「魔物は見つからなかったが、魚ならいたぞ」
『魚?』
「シャケだ。俺の右腕の前腕くらいある奴」
『シャケ? なんでそんなとこに? 産卵の時期はもっと先のはずだけど?』
「知らん。それを調べるのはそっちの仕事だ」
『確かに。そうそう産卵で思い出したけど』
「なんだ?」
『ファラちゃんと二人きりだからって、たn』
ブチンッ。俺は通信アイテムを叩くようにして通信を切断する。左手首が痛ってーよちくしょー。
「あの、ジークさん……⁉」
「ああいやすまん、つい。……ファラはなんのことか分かったか? いまレノが言おうとしたこと」
「え? いえ、た、としか……ジークさんは分かったんですか?」
「……いや……嫌な予感がしただけだ……」
目を少しだけ逸らす。ファラは気付かなかったようで、疑問符を浮かべながら小首を傾げていた。ややあって、通信が入った。
『ちょっとぉ、いきなり切るなんてひどいよぉ』
レノの声だ。文句を言ってはいるが、その口調はどことなく他人をおちょくっている雰囲気を消しきれていない。
「お前が悪い」
『おんやぁ? その言い草だと、わたしゃが何を言おうとしたのか分かったのかいぃ?』
「また通信をぶった切るぞ。今度は絶交だ。クエストの報告はギルドの別の奴にする」
『分かった分かった、そんなに怒んなって。で、どこまで話してたんだっけ?』
「シャケがどこからどうやって下水道に入ったのか、ギルドが調査するんだろってところまでだ」
『そうそう、そうだった。ちなみにそのシャケって、いまどうなってんの? 一応、その個体も調べておきたいんだけど』
俺はそばの区画を泳いでいるシャケをちらりと見ながら。
「ファラのスキルを使って、いまは保護してる。下水のなかだけどな」
『ファラちゃんのスキルで……?』
ファラの『弓矢』のスキルでどうやって保護しているのか、いまいち想像が出来ていないらしい。