その12 逃がすかよ
「ギャギャッ⁉」
コウモリが驚愕した声を上げる。いままでこんな方法で空中にいる自分へと迫ってきた人間などいなかったのだろう。すぐさま更なる高みへと逃げようとするコウモリに。
「逃がすかよ」
俺は木の幹を思いきり蹴って、奴のいる空中へと躍り出る。おっとしまった飛び出し過ぎちまった。
そんなまさか……⁉ そう言いたげに見上げてくるコウモリへと俺は落下しながら。
「これで終いだ」
その眉間へと大きく振り上げた踵落としをお見舞いした。
「……ッ……⁉⁉⁉⁉」
声にならない叫びを発しながらコウモリが地上までの長距離を垂直落下していく。ドゴォッ! と強烈な衝撃音とそれに伴う地響き、視界を覆う粉塵を上げて奴が地面へと激突する。
「俺もこのまま落ちたら流石に危ないんでね」
懐から小さな果物ナイフを取り出して、その切っ先を近くの木の幹へと突き立てる。落下の勢いを殺す為のストッパー代わりだ。
しかし勢いを完全に殺すには不充分で、ズザザァッ! と木の幹を斬り裂きながら落ちていく。まあスピード自体は遅くなっているから、いずれ止まるか、または安全に地面まで到着出来るだろう。
その憶測通り、かなり減速した状態で地面まで近付いていき、俺は無事に着地に成功した。まあせっかく果物を剥くために愛用していた果物ナイフは、刃がボロボロになってもう使い物にならなくなってしまったが。
そのナイフを折り畳んで再び懐にしまいながら、俺は地面にめり込んでいるコウモリへと近付いていく。一応、何かが起きた時にすぐ対処出来るように身構えながら。
だがその警戒は杞憂に終わったようだ。いくら空を飛べる巨大コウモリといえど、あの高さからの落下の衝撃には耐えられなかったらしい。俺の踵落としが強力だったのも、もちろんあるだろうが。
「討伐完了、っと」
蚊を叩いた時のようにぺちゃんこになっている巨大コウモリを見下ろしながら、俺は一息ついた。
「いや……まだやることがあったか」
つぶやきながら、俺は離れた場所で未だに子猪を助けようとしている親猪を見やる。その場でダッシュしてその木へと向かい、地面を蹴って高くジャンプして、その子猪がぶら下がっている枝へと飛び乗った。
「プモオオ!」
「ブモオオ!」
子猪と親猪が鳴き声を上げる中、俺は子猪を吊るしているロープを手繰り寄せてそいつを手元まで近付けていく。
「待ってろ。いま離してやるからな」
幸いなことに、ロープの結び目自体は簡単なもので、俺でもほどくことが出来た。そして未だに鳴き声を発している子猪を腕に抱いて、地面へと飛び下りていく。