その119 長方形の生け簀
釣りとかでは特に理由がないのなら、キャッチアンドリリースをするらしいし、なるべくなら死なせたくないのは俺も同じだった。
「だが、このまま下水に戻したら、それはそれで面倒なことになりそうな気もするが……」
「それは……」
ファラが俺を見ながら口ごもる。さすがにシャケが下水道で増えることはないかもしれないが、生きたまま放置しておくのもアレだからな。
ふむ……俺は顎に手を当てて少し。こうしている間も向こう岸のシャケはびちびちと跳ねている。放っておいたら死んでしまうだろう。俺はファラに言った。
「ファラ。少し長めの矢って持ってるか? 下水の水位から出るくらいの」
「持ってはいませんけど、二本つなげば長く出来ると思います……あの、いったい何を……?」
俺は目の前の下水に人差し指を向けて、こちら側と向こう岸を二本の線でつなぐようにして人差し指を動かす。岸と岸、線と線で長方形が出来上がるような形で。
「よし。それじゃあ、こっち側と向こう側をつなぐように矢を撃ち込んで、簡易的な仕切りを作ってくれ。いま言った矢を二本、縦にくっつけて長めにして、シャケが外に出られないくらいの長さになるように気を付けながら」
「あ……」
けっこうざっくりした指示で伝わるか不安だったが、ファラは俺の言いたいことを理解してくれたようだった。
「『分身射撃』で仕切りを作るんですね。即席の、長方形の生け簀になるような感じで。水の流れを止めないように、矢と矢の間は小さな隙間が出来るようにして、シャケは逃げずに水だけ流れるように」
「そうだ。俺があいつを、その区画に放り込む。出来るな?」
「やります。お魚とはいえ、見殺しにするのは忍びないですから」
ファラがうなずき、俺もうなずき返す。彼女は弓矢を取り出して下水へと構え、俺は少しだけ後ろに下がって下水から距離を取る。
こっちの岸から向こう岸までの距離は、目測でおよそ三、四メートルくらい。辺りが暗いからよく分からないため、もしかしたら五メートルはあるかもしれない。
いくら脚力に自信があるとはいえ、さすがの俺でも立ち幅跳びで五メートルはちときつい。ので……少しだけ助走をつけて向こう岸まで走り幅跳びをする。
「よっ……とっ」
無事に俺は向こう岸に到着する。ふう、成功して良かった、着地に失敗したら下水にどぼんだからな。
「『分身射撃』!」
ファラの声が聞こえ、下水に矢の雨が降り注ぐ音が響く。おっと、水の跳ね返りに注意しねえとな。