その109 事実だけで
「まさかファラちゃん、あいつと喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、そんなことは……あ」
レノの言葉に何か思い当たる節でもあったのか、ファラはこちらへと近寄ってくる。俺は何か嫌な予感がしたので、さっさと受付嬢に声を掛けた。
「このギルドに登録しているジーク=フニールだ。今日は魔物の討伐クエストを受けたい。なんか……」
なんかあるか? そう聞こうとした俺の袖を、ファラが軽く摘まむように引っ張る。
「ジークさん、やっぱりマイと何かあったんですね。昨夜出掛けたマイと偶然出会って、その時に何かあったんでしょう? マイ、疲れたってこぼしてましたし、またスキルを使って戦ったんじゃあ……」
ほんとう、なんでこういう時だけ勘が鋭いんだろうな。冒険者じゃなくて、名探偵の方が天職なんじゃないか?
ファラの推測を否定することは簡単だ。『違う。そんなことはない』……たったそれだけを言えばいいんだから。
だがしかし……ファラはそれでは納得しないだろう。彼女の背後には興味深そうにレノもにやにやとしている。下手に否定して、二人に余計に首を突っ込まれたら、もっと面倒くさいことになるだろう。
だから……はぁ、と俺は息をつきながら、ファラへと振り返る。悩みや懸念をぴたりと当てられたという雰囲気をまといながら。
「……確かに、俺は昨夜マイと偶然会った。俺が食料の買い出しに出た帰りに、あいつが本屋に入るのを見てな」
「それだけですか……?」
俺はもう一度息をつく。絶対に演技だとばれないように。
「……あいつがスキルを使って戦ったってのも、なんで分かんだよって思うくらい、当たってる」
「……っ」
「おっと、だからって早とちりすんなよ。確かに俺達は戦ったが、俺とマイが『敵対して』戦ったわけじゃない」
「え……?」
「むしろその逆だ。俺とマイは『協力して』戦ったんだ。昨夜、街ん中にいきなり魔物が出てきたんでな」
「っ⁉」
ファラがびっくりし、俺の背後にいる受付嬢も驚いているようだった。俺の話を聞いていたレノが近付いてきて、ファラの肩に手を回しながら言ってくる。
「なになに? どういうことさ? このかんわいいレノちゃんに話してよー」
自分で可愛いとか言うな。あとチャラ男みたいにファラの肩に手を回すな。チャラ女かお前は……チャラ女だったわ……。
しかし、二人の興味の誘導は成功したようだ。俺は嘘は言っていない、本当のことしか言っていない……事実だけで、二人の追及を見事にかわしきってみせようか。