その108 ソンナコトナイヨ
女店員がそれ以上文句を言ってくる前に、俺はさっさと店を出る。これ以上ここにいたら、また女店員が余計な一言を言うかもしれないからな。ファラと俺が気まずくなるような一言を。
からんころん……背後でカフェのドアの鈴が鳴っているのを聞きながら道を歩き始めると、後ろから慌てたようにファラがついてきた。いつもならすぐに横に並んでいるが、今日は一歩後ろを歩くようにしながら。
「……やっぱり、今日のジークさん、何か変ですよ? どうしたんですか?」
きくり。俺は内心ちょっとだけビビる。これが噂に聞く女の勘ってやつか?
「そうか? 別にいつもと同じだぞ。熱だってなかっただろ?」
「そうですけど……」
すっとぼけて言う俺の言葉に、しかしファラはどこか納得していない様子だ。
「そういえば、昨日マイが夜中に帰ってきたんですけど……私の母の好きな本を買ってきてくれたんですが……」
不意に思い出したようにファラが言う。俺は内心どきりとする。
「もしかして……マイと何かあったんですか? あの子、結構遠くの本屋さんまで買いに行っていたみたいですから、もしかしたらジークさんと会ったんじゃあ……」
どっきん……何だ⁉ ファラの奴、今日はやけに勘が冴え渡ってやがる。名探偵かこのやろー。
「…………ハハハ、ヤダナア、ソンナコトナイヨ……」
「……怪しい……何か片言になってますし」
おほん。俺は咳払いを一つしてから。
「いやいや、マジで何もないから、ファラが心配する必要は全くないぞ」
「……本当ですか?」
「本当だって! あ、そんなこと話してる間にギルドに到着したな! さあそれじゃあ、今日はファラにとっては初めての、街の外でのクエストでも受けてみるかぁ! 魔物退治だ!」
「なんか、無理矢理テンション上げてません?」
「上げてないって!」
ジト目で見てくるファラ。なんでこういう時に限って勘が良いんだよ!
とにかく俺はギルドのドアを開けて中へと入る。レノがおっはーと挨拶してきたのに軽く返事をして、俺はずんずんとギルドの受付へと向かう。
「おんやぁ……?」
背後でレノが不可思議そうな声を出していた。
「ファラちゃんや、あいつ何かあったのかね? 何か変だぞぉ?」
年寄りみたいな口調やめろ。つーか何であいつにも分かったんだよ。
「あ、レノさんもそう思います? さっき合流した時から、ずっとあんな感じなんですよ」
「おかしいねぇ。いつもなら私の言葉にツッコンだり雑に適当に返事をするのに、今日のあいつは普通に挨拶を返してきやがったぞぉ」
「普段どんな会話してるんですか……?」
まさか普通に挨拶しただけで疑問を持たれたのかよっ。これから普通に挨拶出来ねえじゃねーか!