その107 おでこ
翌日。朝。いつものカフェにて。ファラとの待ち合わせ時間の五分前。
結局、あの後俺はあまり眠れなかった。コアトルとの戦いで疲労していたとはいえ、少なからず怪我や痛みが尾を引いていたから……。
いや、言い訳はよそう。正直なところ、マイに言われたことが気になって寝付けずにいたんだ。俺はファラのことをどう思っているのか……マイが察しているというファラの気持ちとは何なのか……。
「あの、ジークさん……?」
声に気付いて振り向くと、いつの間に来ていたのかファラがそこにいた。俺は余程変な顔をしていたらしい、彼女は少し心配げな顔をしていた。
「どうかしたんですか? さっきからずっと上の空でコーヒーをスプーンでかき回していましたよ」
「え? あ……」
手元を見下ろすと、確かに俺の手はスプーンを持ってコーヒーをぐるぐるとかき回していた。いつコーヒーが来ていたのか、いつからスプーンでぐるぐるしていたのか、全然覚えていない。
「本当に大丈夫ですか? もしかして風邪を引いているとか、熱でもあるんじゃ……」
そう言って、おもむろにファラが手を伸ばしてくる。あ……と気が付いた時には、彼女はおでこを俺のでこにくっつけて熱がないか確かめていた。
「……、熱はなさそうですね……」
……っ。がばっと、俺は慌てて彼女からでこを離す。
「だだ、大丈夫だ。別に風邪を引いているとかじゃないから……!」
思わず声が裏返ってしまった。
「……確かに風邪じゃないみたいですけど……本当に大丈夫ですか? なんか声もおかしいですし、もしかして喉の病気とか……」
俺はとっさに喉に手を当てて、声が裏返らないように注意しながら。
「いや、本当に大丈夫だ。いまのはコーヒーが思いのほか熱くて、ついうっかり声が変になっちまっただけだから」
「はあ……」
店内でモップ掛けしていたウェイトレスが文句をつぶやくのが聞こえてくる。
「……出したのもう十分も前なんだけど、とっくに冷めてるに決まってるじゃない」
こらそこうるさい。
「だいたい熱いのはどっちの方だか。あー熱い熱い」
「……へ……?」
ファラが頭に疑問符を浮かべて声を漏らす。気付いていないなら、むしろそっちの方がいいかもしれない。この後クエストを受けに行くというのに、変に気まずくなりたくはないからな……。
「……よし……そんじゃあギルドに向かうか」
残っていたコーヒーを一息に飲み干して、俺は立ち上がる。ホットコーヒーを頼んだはずだったが、確かにもうぬるくなってしまっていた。
「代金はここに置いとくぞ」
「ちょっと、ちゃんと会計カウンターで……」
「じゃーな」