その105 あれは嘘
さっきは言うつもりだったけど、やはり言うのをやめた……ということは俺自身にもよくある経験だ。言いたくないことを無理に言わせるのは気が引けるし、俺だって同じ立場なら嫌だろう。
気にならないといえば嘘になるが、こればっかりは仕方がない。
箒が地上に到着するまで、まだ幾ばくかの時間が掛かるらしい。飛行に慣れているマイ一人ならまだしも、俺がいるわけだからな、俺が落ちないようにゆっくりと下降してくれているからだ。
「よっとっと……」
俺は数本の箒の上に横になっていたままの身体を、バランスを崩さないように慎重に注意しながら上体を起こしていく。ちょうどケツの下辺りに箒の一本があったので、マイのように箒の柄に座るような格好で起き上がることが出来た。
「ふう……」
手で箒の柄を掴める分、立ち乗りの時よりははるかにバランスを取りやすい。しかしやはり難しいことは難しいし、何より下に落ちたら即死もしくは重傷というプレッシャーがある為、全く気を抜けない。
……マイはよくこんな乗り物?に慣れることが出来るもんだ。もしかして戦いのセンスだけなら、俺以上なんじゃないかと思ってしまう。
「……お前は、お嬢様のことをどう思ってるんだ?」
「……ん?」
不意に、本当に不意に唐突に、マイが俺に聞いてきた。あまりにも唐突すぎて一瞬よく分からなかった俺に、マイが続けて言ってくる。
「さっきの話の続きだ。お前はお嬢様とコンビを組んでいるようだが、いったいお嬢様のことをどう思っているんだ?」
「どうって……いまお前が言ったのと同じだよ、ファラのことは冒険者として同じパーティーの……」
「それはあくまで冒険者としての考えだろう。そうじゃなくて、お前個人……ジーク=フニールという一人の人間は、ファラお嬢様のことをどんなふうに思っているんだ?」
冒険者としてではなく、俺の個人としての、俺自身としての、ファラへの思い、印象……。
「…………」
すぐには、言葉を紡げなかった。
そんな俺を見て、あるいは腹に据えかねるようにして、マイが口を開く。
「昼間、わたしがお前の家を襲撃した理由を覚えているか?」
「……俺のことが邪魔だったからだろ? 俺が怪我をしてクエストを受けられなくなれば、あるいは俺がファラと一緒にいることに嫌気が差して逃げ出せば、ファラはもう自分が冒険者であることを諦めて、危険のない平和な毎日を過ごせるようになるから……だろ?」
「…………、わたしの言ったこと、あれは嘘だ」
「は……っ?」
嘘? どういうことだ?
「本当の理由は……お前が住むところがなくなれば、お前はお嬢様を頼ってお屋敷に居候するかもしれないと思ったんだ」
……????